2010/04/26

eatrip

東急池上線池上駅下車、徒歩10分のところにある池上本門寺↓↓
http://honmonji.jp/index.html

少々急な坂を登ると、立派な本殿があります。
その後ろにも広々と敷地は広がり、その一角で映画「eatrip」が上映されました↓↓ http://eatrip.jp/
無農薬栽培レモンのお土産つき。レモンの下に写っているのは、一緒に行ったYaitaがくれたレモン型メロンパン。毎週日曜日の朝、ラジオJ-waveで流れる番組「LOHAS SUNDAY」をよく聞いている私。 早起きは三文の徳。
ペアチケット、当たったんです!

まずは、「羊毛とおはな」というユニットのライブ。
聞いたこともないグループだったけど、これが想像以上に良かった!
しかも、寺の中で仏像をバックに歌うから、余計神聖な音に聞こえました。
違うライブのときのだけど、「羊毛とおはな」です↓↓

映画「eatrip」は「食」とは何ぞやをテーマにしたドキュメンタリーです。
文字通り、"eat"と"trip"が絡みあっています。

映画の中に出てくる池上本門寺の住職、酒井日慈さん。
もう90歳を超えているのに、元気元気。
食事は1日3回、90年以上食べているのに、まだ飽きていないと笑っておられました。

自給自足をすべく沖縄へ移り住んだ主婦、森岡尚子さん。
野菜作りは、必ず結果がついてくるから楽しい、と。
そして食べるとき、心から「いただきます」「ごちそうさまでした」という言葉が出てくる、と。

歌手のUA。
母子家庭で育ったので、小さい頃から母が働いていて、ご飯を食べるときは家で一人でテレビを見ながら食べていたそうです。
今は、「これ美味しいね」と食卓を囲んで食べれるのが幸せ、と。

デザイナーのヨーガン・レール。
食とは自分にとってはあまり意味をもたない、と。
なぜなら自分にとって楽しいことは他にあるから、と。

食に対する価値観は様々。
だけど、食なしで人は生きられない。
料理が全くダメな私にはガツンと来る映画でした。

2010/04/25

山女

ボリビア同期のマユミサンが静岡の山奥、森の中にひとりで住んでいるというので、訪ねてみました。

まずは、小國神社へ連れて行ってもらい、お参り↓↓
おみくじを引いたら、二人とも末吉でした・・・↓↓
でも末吉なのに、結構いいこと書いてありました。
そのあと、マユミサンの上司の「山」へ山菜取りに行きました↓↓
今晩の夕食の材料のため、ワラビ取りです。
私は足元に気をとられてワラビどころではなかったのですが、マユミサンとその上司はひょいひょい歩いて摘んでいました。
テントウムシが葉をかじっていました
山菜だけでは、とマユミサンの上司がタケノコを掘ってくれました↓↓
かぐや姫は生まれませんでしたが、いっぱいタケノコ採れました。
マユミサンの上司は、さらに、タラの芽を採ってくれて、自宅のニワトリが産んだ卵と、銃で撃ちとったイノシシの生肉をくれました。

さて、マユミサンのお宅に到着↓↓
囲炉裏があるではないか!借家、家賃3千円/月なり。
マユミサンの手作り料理、本日採れたての超新鮮食材(ワラビ、タケノコ、タラの芽、柿の葉、卵)の天ぷら、山菜の炊き込みご飯をいただきました↓↓
お世辞抜きに、こんなに美味しいお料理は初めて(あるいは久しぶり)でした。
イノシシの肉を囲炉裏で焼いてくれました↓↓
いわゆる、自給自足の山ごもり生活、マユミサンは楽しくてしょうがないらしい。
うーん、すごい。。。憧れるけど、私はつくづく自分がシティーガールであることを痛感しました。
ちなみに、水道の水は沢の水(つまり水道代タダ)、トイレは離れにある汲み取り式でした。

翌朝、マユミサンが作ってくれたホットケーキ↓↓ デカすぎるでしょ。
近くにスーパーもコンビニもないけど、おうちCoopの宅配はエリア内らしい。さすが日本。過疎地にも通販商品は届くのね・・・。
マユミサンの借家前で記念撮影↓↓
大家さんが写してくれて、記念に(?)、自家栽培シイタケとお茶をくれました。
これが、マユミサン宅の周りの景色です↓↓
お茶畑だらけです。
ご近所は全員同じ名字らしい。と言っても3~4軒しか住んでいない。
マユミサン宅の裏山↓↓
名前忘れたけど、めずらしい植物を栽培しているらしい。
玄関に咲いていた藤の花↓↓ 藤色、大好き。
道には天然の八重桜↓↓
マユミサン宅から更に山を進むと現れたダム↓↓
大パノラマの絶景。360度、山です。森です。緑です。
マイナスイオンの宝庫って感じでした。
同じ日本に住んでいるとは思えない、
こんなド田舎が日本にもまだあったのね、
と私がつぶやいたら、
「日本てまだまだこんなところばっかりだよ」と言っておりました。
一体私はどこに住みたいのか。都会か田舎か。
迷うなぁ。

2010/04/23

Birthday Live

今日は、何回かこのBlogでもご紹介した、Jazzシンガー瑞季さんのお誕生日でした。
お誕生日当日にLiveをやるとのことで、私も花束を持って下北沢へ。

今回は、ピアノとコントラバスとのアンサンブルでした。
この組み合わせ、最高!!
さらに、お祝いにかけつけたフルート奏者も加わり、即興演奏↓↓
ちなみに、この写真の花束は私が贈ったものではありません・・・。
私のはこの5分の1くらい(いや、もっとかも)のミニサイズで、ちょっと気まずかったです。
大きさじゃない、気持ちがこもっていることが大事、と自分に言い聞かせました・・・。

相変わらず、素敵な瑞季さんでした。
フルートが尺八のようでした。

2010/04/19

夜桜

もう、桜は終わったと思っていました。
なのに、スペイン人の友達が「八重桜は今が見頃だから花見に行きたい」と言い出し、都内で有名所を検索したのでした。
ヒットしたのが、浜離宮恩賜庭園↓↓             (Fotos:David Solanes)

なんとこの時期、八重桜に合わせて夜のライトアップも行われていました。
えてして日本Loverの外国人は、日本人より日本の和的美しさを愛でるもので、そんなとき私は、日本人として嬉しく感じちゃいます。これって私の中にある"愛国心"なのかな。

浜離宮、初めて行きましたが、夜桜のライトアップ、すばらしいです!
一見の価値ありです。皆様、来年はぜひ足をお運びくださいませ。 
ライトの種類もアートな感じでした↓↓ 自分の影の色が変わっていくんです。

池が鏡のように木々を映していました↓↓
スペイン友達は、「昼間に来たらもっとキレイだろうなぁ」と言っていましたが、私は夜で良かったと思いました。暗くて、池の水が汚いのも分からなくて、美しい部分だけが目に映るような気がして…。 八重桜です↓↓
ホントに花びらは8枚? もっとあるように見える。 とにかく美しい!! 言葉では表現できません。

八重桜でもソメイヨシノでもない、違う種類の桜も満開でした↓↓
でも名前が分からない・・・

浜離宮って、東京のど真ん中にあるんですねー。
周りは高層ビルに囲まれ、東京タワーが見えました↓↓
そんな中、ひっそりとある浜離宮とのコントラストが、これまた美しいのでした。行きたいといってくれたスペイン友達に感謝。

2010/04/18

小田原

昨日、初めて小田急ロマンスカーに乗り、ロマンスもなくセンチメンタルな気分になりながら・・・「Hilton小田原」へ行ってきました↓↓
海に面した丘の上にある、巨大敷地面積のステキなホテルでした。
そこで、同僚の女の子の結婚式がありました。
東京では、41年ぶりに4月に雪が降ったと大ニュースの朝、家を出る寸前までべシャベシャの雪が降っていましたが、式のときには陽も差していました。 しかし寒かった!!
チャペルから出てきた新郎新婦。お祝いの風船を飛ばしました↓↓
この風船はどこへ行くのだろう?海へ?それとも山へ?
エコを考えると、ちょっと複雑・・・。なんてオメデタイ席で考えてしまいました。
披露宴で、お色直しをした新郎新婦。↓↓
新婦がご家族に向けて手紙を読みました。
実は、式の直前、新婦のお母様が闘病の末、亡くなられたのです。
手紙の冒頭、「謝らなければならないことがあります。お母さん、式が間に合わなくてごめんね。」という言葉がとても深く残りました。
気がきかない私としては本当に見習いたいと思うのですが、同僚(新婦)は、私の刺身を特別にエビ抜きで頼んでくれていたんです↓↓
私がエビが苦手なこと、覚えていてくれたんです。そういう、さりげなく且つ自然にできる優しさ、気遣いの持ち主になりたい・・・。
こんな機会、一生ないような気がして、夜はHilton小田原に泊まりました♪ 部屋の窓からはオーシャンビュー。
超セレブ気分♪ おひとり様ですが、何か?!

夜は天然温泉でくつろぎ、
今朝は、はりきって朝9時からSpaへ↓↓
流れるプールで、流れに逆らって歩くと効果的と書いてある中、流れに逆らわずに歩く私。
さっさか歩けていい気分♪

水泳帽をレンタルし、25mプールへGo!
平泳ぎ、背泳ぎ、平泳ぎ、背泳ぎ、と繰り返しました。
気分はお魚、いや北島康介、あるいは胎児。
隣でジャブジャブやってた子供たちが去ると、25mプールは私が独占。それを見守る監視員の男の子(たぶん大学生バイト)。
私独りしかいないのだから、私を監視するしかないわけで、お互い気まずい・・・。ちらりと見ると必ず目が合う。
憐れまれてないかしら、私。
ホテルは山の中にあったので、散策路を歩いてみました↓↓
くしゃみが止まらない、目がかゆい、みるみるお肌が赤くなりましたとさ。 花粉症の時期は酷でした。が、空気はおいしい。
春らしく一面を覆うタンポポ↓↓
桜が散った直後で、花びらがまだ残っていましたが、そんな中、モミジが着々と秋に向けて準備しているのを見かけました↓↓
涼しげな竹林もありました↓↓
今日は、昨日の雪が嘘のような初夏の陽気。
まだまだ続く、結婚式ラッシュ。
自分のはいつになるやら。。。

2010/04/11

春爛漫

先週末の協力隊まつりで売られていたコロンビア産のお花たち。 売れ残りをタダでどっさりいただいちゃったので、職場に飾りました。 春らしい雰囲気で、部屋が明るく見えます。

私の職場の敷地内にも、桜の大木があり、見事に咲き誇っています。

かなりのノッポさんです。
裏にも立派なのがそびえているのですが、窓からは見えるのは、風に揺れる枝の一部だけ。
たぶん、今週末で見頃は終わりかな。
桜吹雪が舞っておりました。
桜の命は短い。儚い。されど美しい。
来年また芽吹くのを楽しみに、今年はサヨナラ。

2010/04/09

6 MINUTES TO MIDNIGHT

8日、オバマ大統領とロシアのメドベージェフ大統領が、チェコのプラハで、戦略核弾頭数を制限することなどを定めた新軍縮条約に調印。
このニュースをNHKで見ていた私。
「今年の1月には『世界終末時計』が1分引き延ばされ、残り6分となりました。」と同じ話題の中でアナウンサーが伝え、びっくり仰天してしまいました。

あと6分で世界は滅亡?!
そんなこと落ち着いて報道している場合か?!

慌てて、その恐ろしいネーミングの「世界終末時計」とやらを調べました。 お恥ずかしながら、初耳でした・・・。

←その「世界終末時計(Doomsday Clock)」イラスト
 
核戦争などによる人類の滅亡(終末)を午前零時になぞらえ、その終末までの残り時間を「零時まであと何分」という形で象徴的に示す時計なのだそうです。

日本への原爆投下から2年後、冷戦時代の1947年にアメリカの科学誌 「Bulletin of the Atomic Scientists 」の表紙絵として誕生したそうです。

その後、この雑誌は定期的に委員会を設けてその「時刻」の修正を行っているそうです。
人類滅亡の危険性が高まれば分針は進められ、逆に危険性が下がれば分針が戻されるようです。
現在は核の脅威のみならず、気候変動による環境破壊や生命科学の負の側面による脅威なども考慮して針の動きが決定されているそうです。( ウィキペディア)


今年、未来の世代のために「時計の針を戻そう」、「世界をより安全なものにしようという」市民活動のサイト TurnBackTheClock.org が設けられたそうです。http://www.turnbacktheclock.org/

それにしても、6分で世界は滅亡する危機にあるのか・・・。
今回の新条約、配備できる戦略核弾頭の数を現在の2,200から1,550に減らすとか。
ありすぎでしょ!1個でもあってはならないのに。
なんだか、喜ばしいニュースなのか、ガッカリのニュースなのか分からないな・・・。
とはいえ、一歩一歩、ですかね。

2010/04/04

しあわせ

4月3日、4日は広尾のJICAで「協力隊まつり」がありました。
私はこういう行事とは無縁でしたが、私も会員になっている「JOCVリハビリテーションネットワーク」がブースを出すというので、半日だけお手伝いに行ってきました。

桜が見頃を迎えていた週末。
建物の中の窓から、外の桜が美しく浮かんでいました↓
まるで額縁に飾ってある桜の写真のようでした。 しっかし、お客さんの少ないことったらありませんでした。
桜に客をとられたか?
館内にいるのは関係者ばかり・・・。一応、協力隊普及のための啓蒙活動の一環であるはずなのに、OBOGばかりじゃ意味ないよな~。
ま、自分たちで楽しむしかない!

私はボリビアへ派遣前、ここ広尾で2カ月半、合宿訓練をしました。
今はもう、広尾の建物は訓練所の機能は閉鎖されてしまっています。
私が寝起きした5階の部屋を訪ねると・・・、「セミナールーム508」に変わっていました↓
でも、私の部屋の前の廊下から見える景色は変わらない↓
たぶんこの景色、広尾で訓練した隊員なら忘れることはないでしょう
JICA広尾の入り口を入った所に飾ってある、パラグアイの民芸品↓↓
完全手編みのとっても素敵なウエディングドレスを発見↓
こんなの着たいなぁ。いつか・・・。きっと・・・。絶対!!!
夜は、4月に鹿児島から引っ越してきたYaitaと再会↓
おっと、これはYaitaではなく寄り道したMont bellのくまさんでした。
本物のYaitaはコチラ↓↓
桜をバックにとったはずなんだけどなぁ。
Yaitaはボリビアの同期です。看護師さんです。
ボリビアでは私と同じ病院に配属で、最初は私とルームシェアしていました。 私がもっとも尊敬する看護師さんです。
帰国後は鹿児島の看護大学で教えていたのですが、この4月からは東京で大学院生!
すごいなぁ、がんばるなぁ。

たとえ2年の期間限定であっても、こうしてYaitaがすぐ会える距離に住むことになったのは嬉しい。
大切な人がそばにいるって幸せ。