ルーマニアからスペインはマドリッドへ飛びました!
マドリッドには、ボリビアで出会った親友のマリソルが住んでいるので、再会の旅です。
実は2年前にも会いに行っているので、“再々会”です。
「また会おうね」と言って別れただけに、また会いたいし、そのためにはまたスペインへ行く。
今回は、夜行バスでマドリッドから更に7時間南へ下り、Málaga(マラガ県)というところにある街Fuengirola(フエンヒローラ)まで、避暑に出かけました。
早朝に到着し、海岸をお散歩↓↓ 朝陽がぐんぐん上ってきました。
避暑どころか、太陽が燦燦と照りつける熱帯でした・・・。
でも海の側にいると、なんとなく涼しく感じる。
フエンヒローラのビーチは、「Costa del Sol」=太陽のビーチと言われています。 マリソルと↓↓
実は、ここフエンヒローラには、マリソルと私の共通の友達が住んでいるんです。
私が働いていたボリビアの精神病院に入院していたエリザベスとそのお母さんのファニーです。
ファニーの家は、海岸に面した高級マンションの一室で、そこに泊めてもらいました。
最高のロケーション!家から水着で海へ出て、水着で戻れる。
目の前が海なのです。
朝方、まだ観光客もまばらな時間帯からファニーとマリソルと3人で、新聞を読んだりおしゃべりしたり居眠りしたりと、ビーチでまったりしました↓↓
残念ながら、娘のエリザベスは再入院中でした。
海辺のリゾートマンションやホテルと並んで、病院がありました↓↓
面会もビーチでできるという、なんともウラヤマシイ立地条件です。
OT室もあったので、思わず覗いちゃいました↓↓
セラピーは既に終わっている時間帯でしたが。
エリザベスは、ボリビアで入院していた頃よりずっとよくなっていましたが、精神科疾患と一生付き合っていく自分の人生への憤りと嫌悪感とで虚無的になっていました。マリソルと私に会えて嬉しそうではあるけど、その半面、健康であればこうして旅行も楽しめるのに自分は病院の中で生きているということを比較して、悲しんでいるようでもありました。
お母さんのファニーは「精神病は、本人にとっても家族にとっても、世界で一番悲惨な病気。ガンよりも認知症よりもね。」と、何かにつけて母に当たるエリザベスと向き合った後にポツリとつぶやきました。
私も普段患者さんとは関わるけれど、家族の気持ちに寄り添う機会はありません。
想像する努力はするけど、きっと想像を超える、計り知れない苦悩なんだろうな。
ファニーとエリザベスを目の前にして、実体験として勉強させられました。
ファニーは今、自身の死後のエリザベスの人生を危惧しています。
マリソルは、「自分の人生も楽しんでね」とファニーに声をかけて別れました。
さて、フエンヒローラの近くに、Mijas(ミハス)という町があります。
建物はどれも白いペンキで塗られていて、太陽に照らされると眩しくも美しい町です↓↓
町は歩いて見て回れます。完全に観光化されています。日本語の看板もいっぱい見かけました。
町に入るとすぐのところにある小さな教会は洞窟の中にあり、とても素敵でした↓↓
ところで、ファニーの住むマンションにはプールが付いていました。
日光浴しているオモシロイ男性が目にとまって思わずシャッターを押してしまいました(^-^)↓↓
こうして太陽の国スペインも満喫、大満足の旅を終えた私でした。
帰国の飛行機で体調を崩し、エコノミー席で8時間のたうちまわり、成田空港に着いたら付属の診療所に駆け込み点滴を2本打たれ、挙句の果てにスーツケースが届かないというアンラッキーが待ち受けているとはつゆ知らず・・・。
2010/07/31
2010/07/30
El castillo de Drácula ドラキュラの城
結婚式の翌日、新郎新婦が企画してくれて、招待客のみんなでトランシルヴァニア地方にある「ドラキュラの城」へ出発!バスを1台チャーターしてくれたのでした。
こんな機会でもなければ一生来なかったであろうルーマニア。
観光ポイントも何も調べずに来てしまった私ですが、ルーマニアと言えば、ドラキュラの城らしいですね。知らなかった・・・。
外から見ても中から見ても、おどろおどろしい雰囲気は特になく、爽やかな新緑に囲まれていました。
私たち一行です↓↓入り口前でハイポーズ!

行く前は、やれニンニク持っていこうだの、十字架がいいだのヤイヤイ言って盛り上がった私たちでしたが、ドラキュラは夜に暴れるので昼間は大丈夫なのだと後で思い出しました。
ま、もっともドラキュラの話自体が物語なのだけど・・・。

近くにチーズ屋さんがいっぱいありました。
ここはパラダイスか?!パンとチーズがあれば生きていけるわ私。

あっという間にルーマニアとお別れを告げる日がやってきました。
結婚式で知り合った招待客のみんなとは、たった4~5日のお付き合いだったけど、毎日一緒に過ごしたからまるで家族みたいでした。
一人旅も楽しいけど、こうして楽しさを分かち合う旅もいいなぁとしみじみ思ったのでした。
そしてルーマニアから一路、スペインへ!!
こんな機会でもなければ一生来なかったであろうルーマニア。
観光ポイントも何も調べずに来てしまった私ですが、ルーマニアと言えば、ドラキュラの城らしいですね。知らなかった・・・。
外から見ても中から見ても、おどろおどろしい雰囲気は特になく、爽やかな新緑に囲まれていました。
私たち一行です↓↓入り口前でハイポーズ!
行く前は、やれニンニク持っていこうだの、十字架がいいだのヤイヤイ言って盛り上がった私たちでしたが、ドラキュラは夜に暴れるので昼間は大丈夫なのだと後で思い出しました。
ま、もっともドラキュラの話自体が物語なのだけど・・・。
近くにチーズ屋さんがいっぱいありました。
ここはパラダイスか?!パンとチーズがあれば生きていけるわ私。
あっという間にルーマニアとお別れを告げる日がやってきました。
結婚式で知り合った招待客のみんなとは、たった4~5日のお付き合いだったけど、毎日一緒に過ごしたからまるで家族みたいでした。
一人旅も楽しいけど、こうして楽しさを分かち合う旅もいいなぁとしみじみ思ったのでした。
そしてルーマニアから一路、スペインへ!!
La boda en Rumania ルーマニアの結婚式
7月15日~25日、ルーマニア&スペインへ行ってきました。
チリ人の友達が、ルーマニア人と結婚するので、式に参列するためです。
Fui a Rumania y España desde el 15 de julio hasta el 25 para asistir a la boda de una amiga mía de Chile que se casó con un rumano.
ルーマニアの首都はブカレストですが、私が行ったのはシビウ↓↓
La capital de Rumania es Bucarest y mi amiga vive en Sibiu.

シビウは、15世紀前後の歴史的建物が混在する、ドイツ色の強い街です。
Sibiu es una ciudad pequeña en Transilvania que tiene influencia de Alemania. Hasta ahora se conserban los edificios del sigloXIV o XV. Con razon Sibiu ha sido Capital Europea de la Cultura en 2007.

↓↓ こちら、街のシンボルの橋
Esto es el puente de Sibiu, el símbolo de la ciudad.

夜、街の中心部にある広場に仮設野外劇場が登場。
バレエ「カルメン」の舞台が上演されました。生オーケストラ演奏付き!
主演(ホセ役)&振付担当は、友達の夫となるルーマニア人のバレンティンです。
En la noche de mi llegada apareció un teatro de aire libre en la plaza principal. Representaron el ballet "Carmen" junto con la orquestra. El rol de coreografía y el papel principal,José, fue el esposo de mi amiga chilena.

夜に、公共の場で、レベルの高い芸術を提供。さすがヨーロッパ。
日本もこのくらいやらないと、一般庶民のクラシック芸術への関心度は高まらないんだろな。
Admiré la idea, hacer un teatro de buena calidad en la noche en el lugar público para toda la gente. Creo que en Japón falta popularizar el arte clasico, debería aprender de Sibiu.
いよいよ、結婚式の日です。
ライスシャワーでお見送り↓↓
Por fin llegó el día del matrimonio. Felicitamos a los novios con arroz.

そのあと、街の広場をみんなで練り歩き、街の人からも祝福を受けます。これがルーマニア流らしい。
Luego los novios y nosotros los invitados caminamos en la calle cruzamos la plaza principal hacia el puente. Mientrás caminabamos recibieron las felicitaciones de la gente pública.


そのあと、パーティー会場へ移動し、長い長い昼食の始まりです↓↓
Marchamos a un restaurante y empezamos la fiesta más larga del mundo.
今回の招待客は、とにかくインターナショナルなメンバーの集まりでした。たくさんのチリ人、フランス人、イタリア人、コロンビア人、ドイツ人、そして日本人。
みんなの共通語は英語ではなくスペイン語!
ルーマニアにいながら、スペイン語の集中講座を受けた気分です。
La novia, mi amiga, trabajó en un acompañía internacional en Japón así que los invitados eran franceses, italianos, alemanes, colombianas, japoneses y claro, sus familiales chilenos. Lo interesante es que la lengua común para todos fue español. Pude tener clase intensiva de español estando en Rumania.

コース料理だったのですが、なんと各お料理の合間に2時間の休憩があるんです!
前菜のあと、コーヒーが出て唖然。
つまり、一皿食べたら2時間は踊れ、と。。。
En la fiesta nos trajeron un café después de un plato grande de aperitivo. No entendíamos y preguntamos si se estaba acabando la comida ya... Nos expricaron que hay 2 horas de descanso entre platos hasta el postre para que bailemos, eso es el estilo de boda de Rumania. No podía creer que tardaran 10 horas en traer postre.

料理もないし、踊るしかない。これも、ルーマニア流らしい。
12時間ほどの長~い式&パーティーでした。
こんな長い結婚式は初めて・・・。チリ人もびっくりしてました。
新婦のお母さんと叔父さんが、チリの踊り「クエカ」を披露↓↓
La madre y el tio de la novia mostraron el baile tradicional de Chile,Cueca.

日本と違って楽しいなと思うのは、新郎新婦も参加型のパーティーであること。
招待客に交じって一緒におしゃべりして食べて飲んで踊ります↓↓
Todos bailamos mucho.

新婦とは日本で知り合いました。あのときは、まさかルーマニア人と結婚して住むことになるとは思いもしませんでした。人生何が起こるか分からないものですね。
遥かかなたの、言葉も分からない、知り合いもいないルーマニアに嫁いだ彼女の不安も大きい。
けれど、それにもまして、新しい人生を開拓しようという彼女のバイタリティーは、日本にいたときと変わらず健在で安心しました。
人生何が起こるか分からないから楽しい!
Conocí a la novia en Japón. Nunca me imaginaba que ella se casaría con un rumano y viviría en Rumania ni ella misma. Después de la fiesta ella me contó que estaba preocupada por su nueva vida en Rumania sin saber el idioma rumano y sin tener trabajo, pero al mismo tiempo estaba llena de vitalidad para empezar algo nuevo. Siempre la apreciaba y admiraba su forma de pensar y de ser cuando ella estaba en Japón.
¡Mucha suerte y muchas felicidades!

ルーマニア編2へ続く・・・
そのあとスペイン編です(^-^)
チリ人の友達が、ルーマニア人と結婚するので、式に参列するためです。
Fui a Rumania y España desde el 15 de julio hasta el 25 para asistir a la boda de una amiga mía de Chile que se casó con un rumano.
ルーマニアの首都はブカレストですが、私が行ったのはシビウ↓↓
La capital de Rumania es Bucarest y mi amiga vive en Sibiu.
シビウは、15世紀前後の歴史的建物が混在する、ドイツ色の強い街です。
Sibiu es una ciudad pequeña en Transilvania que tiene influencia de Alemania. Hasta ahora se conserban los edificios del sigloXIV o XV. Con razon Sibiu ha sido Capital Europea de la Cultura en 2007.
↓↓ こちら、街のシンボルの橋
Esto es el puente de Sibiu, el símbolo de la ciudad.
夜、街の中心部にある広場に仮設野外劇場が登場。
バレエ「カルメン」の舞台が上演されました。生オーケストラ演奏付き!
主演(ホセ役)&振付担当は、友達の夫となるルーマニア人のバレンティンです。
En la noche de mi llegada apareció un teatro de aire libre en la plaza principal. Representaron el ballet "Carmen" junto con la orquestra. El rol de coreografía y el papel principal,José, fue el esposo de mi amiga chilena.
夜に、公共の場で、レベルの高い芸術を提供。さすがヨーロッパ。
日本もこのくらいやらないと、一般庶民のクラシック芸術への関心度は高まらないんだろな。
Admiré la idea, hacer un teatro de buena calidad en la noche en el lugar público para toda la gente. Creo que en Japón falta popularizar el arte clasico, debería aprender de Sibiu.
いよいよ、結婚式の日です。
ライスシャワーでお見送り↓↓
Por fin llegó el día del matrimonio. Felicitamos a los novios con arroz.
そのあと、街の広場をみんなで練り歩き、街の人からも祝福を受けます。これがルーマニア流らしい。
Luego los novios y nosotros los invitados caminamos en la calle cruzamos la plaza principal hacia el puente. Mientrás caminabamos recibieron las felicitaciones de la gente pública.
そのあと、パーティー会場へ移動し、長い長い昼食の始まりです↓↓
Marchamos a un restaurante y empezamos la fiesta más larga del mundo.
今回の招待客は、とにかくインターナショナルなメンバーの集まりでした。たくさんのチリ人、フランス人、イタリア人、コロンビア人、ドイツ人、そして日本人。
みんなの共通語は英語ではなくスペイン語!
ルーマニアにいながら、スペイン語の集中講座を受けた気分です。
La novia, mi amiga, trabajó en un acompañía internacional en Japón así que los invitados eran franceses, italianos, alemanes, colombianas, japoneses y claro, sus familiales chilenos. Lo interesante es que la lengua común para todos fue español. Pude tener clase intensiva de español estando en Rumania.
コース料理だったのですが、なんと各お料理の合間に2時間の休憩があるんです!
前菜のあと、コーヒーが出て唖然。
つまり、一皿食べたら2時間は踊れ、と。。。
En la fiesta nos trajeron un café después de un plato grande de aperitivo. No entendíamos y preguntamos si se estaba acabando la comida ya... Nos expricaron que hay 2 horas de descanso entre platos hasta el postre para que bailemos, eso es el estilo de boda de Rumania. No podía creer que tardaran 10 horas en traer postre.
料理もないし、踊るしかない。これも、ルーマニア流らしい。
12時間ほどの長~い式&パーティーでした。
こんな長い結婚式は初めて・・・。チリ人もびっくりしてました。
新婦のお母さんと叔父さんが、チリの踊り「クエカ」を披露↓↓
La madre y el tio de la novia mostraron el baile tradicional de Chile,Cueca.
日本と違って楽しいなと思うのは、新郎新婦も参加型のパーティーであること。
招待客に交じって一緒におしゃべりして食べて飲んで踊ります↓↓
Todos bailamos mucho.
新婦とは日本で知り合いました。あのときは、まさかルーマニア人と結婚して住むことになるとは思いもしませんでした。人生何が起こるか分からないものですね。
遥かかなたの、言葉も分からない、知り合いもいないルーマニアに嫁いだ彼女の不安も大きい。
けれど、それにもまして、新しい人生を開拓しようという彼女のバイタリティーは、日本にいたときと変わらず健在で安心しました。
人生何が起こるか分からないから楽しい!
Conocí a la novia en Japón. Nunca me imaginaba que ella se casaría con un rumano y viviría en Rumania ni ella misma. Después de la fiesta ella me contó que estaba preocupada por su nueva vida en Rumania sin saber el idioma rumano y sin tener trabajo, pero al mismo tiempo estaba llena de vitalidad para empezar algo nuevo. Siempre la apreciaba y admiraba su forma de pensar y de ser cuando ella estaba en Japón.
¡Mucha suerte y muchas felicidades!
ルーマニア編2へ続く・・・
そのあとスペイン編です(^-^)
2010/07/05
Le Concert オーケストラ!2
有言実行?!
昨日観た映画「オーケストラ」をもう一度観たくて、今日も観に行っちゃいました、渋谷の東急Bunkamura。
毎週日曜の最終回は千円ですよ!おススメですよ!
2度観て、ようやく理解した箇所あり、見逃していたところありでした。
結末は分かっていれど、今日も笑いと感動を与えてくれました。
頭の中で、ぐるぐる映画が回っている。
しばらく、ふわふわ頭になりそうです。
昨日観た映画「オーケストラ」をもう一度観たくて、今日も観に行っちゃいました、渋谷の東急Bunkamura。
毎週日曜の最終回は千円ですよ!おススメですよ!
2度観て、ようやく理解した箇所あり、見逃していたところありでした。
結末は分かっていれど、今日も笑いと感動を与えてくれました。
頭の中で、ぐるぐる映画が回っている。
しばらく、ふわふわ頭になりそうです。
2010/07/03
Le Concert オーケストラ!
あれは母の日のことでした。
テレビより専らラジオの私は、その日もJ-Waveを聴いていました。
日曜の午前中の番組、「Happiness」。
母の日特集で、リスナーから募集していたメッセージのテーマは、
ズバリ「母の教え」。
次々と読まれる誰かのメッセージに感動しながら、私も投稿しました。
残念ながら読まれなかったのですが・・・、なんとその日のプレゼント当選者に選ばれました!
“母子で行ってくださいね”と映画「オーケストラ!」ペアチケット。
あれから約2カ月たち、ようやく見に行ってきました。
我が母が遥々愛知県から映画を観に来れるワケはないので、替わりと言ってはナンですが、友達のお母様をお誘いしました(^-^)
そんなわけで、東京では5月から上映され、人気のため上映が延長され、現在もロングラン上映中の作品です。
http://orchestra.gaga.ne.jp/#/main
「オーケストラ」という題名だから、クラシックファンでないとつまらないと思われるかもしれません。
もちろん、クラシックファンにはたまらないのですが、そうでない人も観ればクラシックが好きになる作品だと思います。音楽を楽しむということを、ダイレクトに伝えています。
クライマックスを奏でるチャイコフスキーの「バイオリン協奏曲」は圧巻です。鳥肌立ちました。
スタンディングオベーションしたくなりました、映画だけど。
実はこの映画には伏線があり、というかこちらが本当はテーマなんでしょうけど、人間の生きる力であり、ロシアの共産主義時代の歴史であります。
歴史の流れに翻弄され、いわゆる「社会の負け犬」となり果て30年。
そんな主人公でも、人生やり直せることを証明。
勇気と希望を与えてくれる作品です。
もう一度、映画館に足を運んで観たい映画。
ちなみに、私がラジオに投稿した「母の教え」はと言うと・・・、
“忘れること”です。
夫婦喧嘩しても親子喧嘩しても、翌日にはすっかり忘れて何事もなかったかのように接してくれた母。
「あ!喧嘩してたんやった!忘れてたわ!!」とよく呟いていたものです。
翌日、気まずくて自分からは話しかけにくい私には拍子抜けの一言であり、その言葉に何度もホッとさせられたのでした。
きっと父もそんな母に救われていたに違いありません(たぶん今も)
テレビより専らラジオの私は、その日もJ-Waveを聴いていました。
日曜の午前中の番組、「Happiness」。
母の日特集で、リスナーから募集していたメッセージのテーマは、
ズバリ「母の教え」。
次々と読まれる誰かのメッセージに感動しながら、私も投稿しました。
残念ながら読まれなかったのですが・・・、なんとその日のプレゼント当選者に選ばれました!
“母子で行ってくださいね”と映画「オーケストラ!」ペアチケット。
あれから約2カ月たち、ようやく見に行ってきました。
我が母が遥々愛知県から映画を観に来れるワケはないので、替わりと言ってはナンですが、友達のお母様をお誘いしました(^-^)
そんなわけで、東京では5月から上映され、人気のため上映が延長され、現在もロングラン上映中の作品です。
http://orchestra.gaga.ne.jp/#/main
「オーケストラ」という題名だから、クラシックファンでないとつまらないと思われるかもしれません。
もちろん、クラシックファンにはたまらないのですが、そうでない人も観ればクラシックが好きになる作品だと思います。音楽を楽しむということを、ダイレクトに伝えています。
クライマックスを奏でるチャイコフスキーの「バイオリン協奏曲」は圧巻です。鳥肌立ちました。
スタンディングオベーションしたくなりました、映画だけど。
実はこの映画には伏線があり、というかこちらが本当はテーマなんでしょうけど、人間の生きる力であり、ロシアの共産主義時代の歴史であります。
歴史の流れに翻弄され、いわゆる「社会の負け犬」となり果て30年。
そんな主人公でも、人生やり直せることを証明。
勇気と希望を与えてくれる作品です。
もう一度、映画館に足を運んで観たい映画。
ちなみに、私がラジオに投稿した「母の教え」はと言うと・・・、
“忘れること”です。
夫婦喧嘩しても親子喧嘩しても、翌日にはすっかり忘れて何事もなかったかのように接してくれた母。
「あ!喧嘩してたんやった!忘れてたわ!!」とよく呟いていたものです。
翌日、気まずくて自分からは話しかけにくい私には拍子抜けの一言であり、その言葉に何度もホッとさせられたのでした。
きっと父もそんな母に救われていたに違いありません(たぶん今も)
2010/06/30
I ❤ World Cup
昨日は歴史に残る日本vsパラグアイ戦。
手に汗握り、息をするのも忘れがちでした。
延長戦30分を含む120分の死闘のあとの、PK戦。
このワールドカップで“にわかファン”となった私ですが、これ以上に緊張する舞台は世の中そうそうないだろうなと、震えながら見つめました。
明暗とはこのことで、光あるところに影あり。
勝負には勝者がいて敗者がいる。
パラグアイ陣が大喜びする傍らで涙を浮かべる選手たちに、私ももらい泣き。夢であってほしいと思うけど、これが現実・・・。
「泥臭くたっていい、下手なりのサッカーをしよう」
「スーパースターはいないけど、自分たちはピッチの11人、控え選手、監督、コーチの全員で戦っているんだ。サッカーはチームプレーだってことを証明するんだ。」
よく監督や選手が口にしていた言葉。
みんなでやれば、なんとかなる。まさに日本流のやり方でここまで来たんですね。
終わってみれば、海外メディアはスペイン対ポルトガル戦ばかりを取り上げているし、日本の戦いぶりは海外では酷評されていることもあるようです。
でも!
私は純粋に、サッカーの楽しさをしったし、厳しさも知ったし、何よりも感動したので、それで十分。
ありがとう日本!!! (←ジャパンブルーのつもり)
じゃ、そーゆーことで、気持ち切り換えて・・・、
ビバ!アルゼンチン! メッシがんばれ(^-^)
手に汗握り、息をするのも忘れがちでした。
延長戦30分を含む120分の死闘のあとの、PK戦。
このワールドカップで“にわかファン”となった私ですが、これ以上に緊張する舞台は世の中そうそうないだろうなと、震えながら見つめました。
明暗とはこのことで、光あるところに影あり。
勝負には勝者がいて敗者がいる。
パラグアイ陣が大喜びする傍らで涙を浮かべる選手たちに、私ももらい泣き。夢であってほしいと思うけど、これが現実・・・。
「泥臭くたっていい、下手なりのサッカーをしよう」
「スーパースターはいないけど、自分たちはピッチの11人、控え選手、監督、コーチの全員で戦っているんだ。サッカーはチームプレーだってことを証明するんだ。」
よく監督や選手が口にしていた言葉。
みんなでやれば、なんとかなる。まさに日本流のやり方でここまで来たんですね。
終わってみれば、海外メディアはスペイン対ポルトガル戦ばかりを取り上げているし、日本の戦いぶりは海外では酷評されていることもあるようです。
でも!
私は純粋に、サッカーの楽しさをしったし、厳しさも知ったし、何よりも感動したので、それで十分。
ありがとう日本!!! (←ジャパンブルーのつもり)
じゃ、そーゆーことで、気持ち切り換えて・・・、
ビバ!アルゼンチン! メッシがんばれ(^-^)
2010/06/13
オレオレ
ついに始まりました、World Cup 2010!
私はまったくサッカーのことは分からないし、選手も知らないのですが、サッカーの“World Cup”というものが世界では如何にビッグイベントかは、肌で感じた経験があります。
2002年、日本と韓国が2国共同開催をしている最中、私はちょうど旅の途中で、東ヨーロッパ辺りにいました。
旅の先々で、自分が日本人だと伝えると、「WorldCup!旅なんかしてる場合じゃないでしょ。なんで日本で試合を観に行かないの?」 “信じられな~い”といった顔つきで言われたものです。
ちょうどクロアチアにいた時、クロアチアが1戦を勝利しました。
すると街中が大騒ぎ。街ですれ違う他人同士が誰彼かまわずハグや握手やスマイルを交わしており(もちろん私に対しても)、全員ハッピー、全員友達とはこのことでした。
World Cupが終わった直後、アルゼンチンに行ったのですが、もちろん話題はWorld Cup。
アルゼンチンでは、アルゼンチン戦の時は、誰も働かない(本当はダメだけど黙認)のだそうです。オフィスでもみんなTVを見守るんだそうです。「負けたときは泣いたわ」と私の友達(女性)が熱く語ってくれました。
そして2006年のWorld Cup。この時はボリビアにいました。
強豪揃いの南米で、ボリビアがWorld Cupに出場できる術はないのですが、南米のサッカーに対する情熱はボリビアでも同じです。
とりあえず南米からの出場国を応援します。アルゼンチン派、ブラジル派なんて感じで分かれたりもします。
仕事中でもTVにかじりついているのはアルゼンチンと同じ。やむを得ない人は、ラジオのウォークマンを耳に付けたまま仕事です。そしてなんと、「今日は午後から試合を(TVで)観るから早退します。」なんて人もいました。
ボリビアでも、夕方、近所の子供たちが年齢関係なく集まって、道端でボロボロのボールを裸足で追いかけて砂埃が舞っている光景を度々見かけました。その脇では野良犬がうざそうに寝そべっている。 このシーンを見ると、いかにも途上国なのですが、それより何より、南米におけるサッカーとというものが如何に生活の一部であるかを痛感したものでした。
ところで、昨日のアルゼンチンVSナイジェリア戦で、Messiを❤マーク付きで見守っていた私。
負ければ国内では犯罪者扱い。バッシングのシャワー。
生まれた時からみんながサッカー選手を夢見る国、サッカー選手が歌手や俳優より崇められる国。そんな、いわゆるサッカー大国の選手が背負うものは、「夢」なんてレベルではなく、「国家」であり「命」であるのかもしれません・・・。
ボリビア国内チーム同士のサッカー観戦でも、サポーターのバッシングはすごかったです。自分のサポートチームの選手でも、ミスすれば「ひっこめー」「役立たず」「ヘタクソ」「ボケ」「ナス」(←これはナイか)と容赦なくヤジを飛ばしていました。相手チームに対するヤジもひどい。
“生きたスペイン語はサッカー観戦で学べ”。その日以来の私の教訓です。
そう考えると、日本は「スポーツマンシップの精神」が徹底しているから感心してしまいます。負けても「しょうがない」「よくやった」「次があるさ」と慰めたり、あるいは諦めて「これが実力だったんだ」とやけに冷静になったり。でも、これこそが、サッカー大国との気迫の違いなのかな、と思ったりもしますが。
そして2010年。母国日本でWorld Cupを観るのは、1998年のフランス大会以来です。
あれから12年(?!)。あのときは、初出場だったせいでしょうか、負けると分かっていてももっと盛り上がっていた気がします。
今回、日本戦の時の盛り上がりはどんなもんでしょうかね。
私はまったくサッカーのことは分からないし、選手も知らないのですが、サッカーの“World Cup”というものが世界では如何にビッグイベントかは、肌で感じた経験があります。
2002年、日本と韓国が2国共同開催をしている最中、私はちょうど旅の途中で、東ヨーロッパ辺りにいました。
旅の先々で、自分が日本人だと伝えると、「WorldCup!旅なんかしてる場合じゃないでしょ。なんで日本で試合を観に行かないの?」 “信じられな~い”といった顔つきで言われたものです。
ちょうどクロアチアにいた時、クロアチアが1戦を勝利しました。
すると街中が大騒ぎ。街ですれ違う他人同士が誰彼かまわずハグや握手やスマイルを交わしており(もちろん私に対しても)、全員ハッピー、全員友達とはこのことでした。
World Cupが終わった直後、アルゼンチンに行ったのですが、もちろん話題はWorld Cup。
アルゼンチンでは、アルゼンチン戦の時は、誰も働かない(本当はダメだけど黙認)のだそうです。オフィスでもみんなTVを見守るんだそうです。「負けたときは泣いたわ」と私の友達(女性)が熱く語ってくれました。
そして2006年のWorld Cup。この時はボリビアにいました。
強豪揃いの南米で、ボリビアがWorld Cupに出場できる術はないのですが、南米のサッカーに対する情熱はボリビアでも同じです。
とりあえず南米からの出場国を応援します。アルゼンチン派、ブラジル派なんて感じで分かれたりもします。
仕事中でもTVにかじりついているのはアルゼンチンと同じ。やむを得ない人は、ラジオのウォークマンを耳に付けたまま仕事です。そしてなんと、「今日は午後から試合を(TVで)観るから早退します。」なんて人もいました。
ボリビアでも、夕方、近所の子供たちが年齢関係なく集まって、道端でボロボロのボールを裸足で追いかけて砂埃が舞っている光景を度々見かけました。その脇では野良犬がうざそうに寝そべっている。 このシーンを見ると、いかにも途上国なのですが、それより何より、南米におけるサッカーとというものが如何に生活の一部であるかを痛感したものでした。
ところで、昨日のアルゼンチンVSナイジェリア戦で、Messiを❤マーク付きで見守っていた私。
負ければ国内では犯罪者扱い。バッシングのシャワー。
生まれた時からみんながサッカー選手を夢見る国、サッカー選手が歌手や俳優より崇められる国。そんな、いわゆるサッカー大国の選手が背負うものは、「夢」なんてレベルではなく、「国家」であり「命」であるのかもしれません・・・。
ボリビア国内チーム同士のサッカー観戦でも、サポーターのバッシングはすごかったです。自分のサポートチームの選手でも、ミスすれば「ひっこめー」「役立たず」「ヘタクソ」「ボケ」「ナス」(←これはナイか)と容赦なくヤジを飛ばしていました。相手チームに対するヤジもひどい。
“生きたスペイン語はサッカー観戦で学べ”。その日以来の私の教訓です。
そう考えると、日本は「スポーツマンシップの精神」が徹底しているから感心してしまいます。負けても「しょうがない」「よくやった」「次があるさ」と慰めたり、あるいは諦めて「これが実力だったんだ」とやけに冷静になったり。でも、これこそが、サッカー大国との気迫の違いなのかな、と思ったりもしますが。
そして2010年。母国日本でWorld Cupを観るのは、1998年のフランス大会以来です。
あれから12年(?!)。あのときは、初出場だったせいでしょうか、負けると分かっていてももっと盛り上がっていた気がします。
今回、日本戦の時の盛り上がりはどんなもんでしょうかね。
2010/06/10
The Cove
昨夜、話題の映画「The Cove」を観に行きました。
http://www.thecovemovie.com/
第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したアメリカの作品です。
先週、東京と大阪の映画館が相次いで上映を中止したことで、ニュースにも取り上げられていました。
日本で行われているイルカ漁の実態を暴いた衝撃の作品です。
しかし、これを「反日映画」だとする一部の右派団体からの抗議を受け、映画館が上映中止に追い込まれたわけです。
今回の上映会は、映画館ではなく、とある雑誌編集者が自主上映をしたものでした。
ニュースで騒がれた直後ということもあってか、警察が出動して入場を見守り、物々しい雰囲気でした。前売券を持っていない客が、長蛇の列を作っていました。

映画上映のあと、ジャーナリストたちによるシンポジウムが行われました。
そして、なんと映画の主要人物リック・オバリー氏がサプライズゲストとして登場!
まぁ、それはさておき、シンポジウムの趣旨は、映画の内容の是非を論じるものではありませんでした。
参加していたジャーナリストたちが口々に訴えたのは、日本国憲法第21条が保証する「言論表現の自由」でした。
ジャーナリストたちが一致して発表した緊急アピールは以下のような内容でした。
「評価が分かれるような問題作と言われる映画は日本では上映できないのか」
「そもそも海外では広く公開されているこの映画が、作品で描かれた当事国の日本で公開できないというのは、日本における『言論表現の自由』の脆弱さの表れである」
「作品への批判は当然あってよいし、批判の自由が保障されることが大切」
「しかし、たとえ自分と相容れない価値観の作品であったとしても、発表する自由は認める。それが『言論表現の自由』の基本原則だ。そしてそういう作品こそ、広く議論されるべきで、作品そのものを封印してしまうことは、その機会さえも奪ってしまうことになる」
そして今日、ニュースをネットやTVニュースで見て、唖然としました。
シンポジウム参加者の一人であったジャーナリストW氏の発言(イルカ漁に比較的肯定的発言をした)のみが取り上げられ、まるでジャーナリストたち全員の意見、ひいてはシンポジウム自体の主張は“イルカ漁を弁護、映画は否定”みたいなまとめ方をしているんです。
マスコミの言うことなんて、半分ウソだと疑ってかかった方がいいとは常々思っていましたが、ここまで歪んで報道されるとは・・・。あるいは、私の解釈が間違っていただけなのか。
とにかく、私がシンポジウムで聞いた主張は、あくまで言論の自由、上映しないと始まらないということであり、映画の中身の賛否には一切言及していませんでした。
散乱する情報に翻弄されることなく、正しいことを見極められるようになりたいものです。
えてして「正しいこと」ひとつではないことが多いですが、そのどれもが「正しいかもしれない」あるいは「間違っているかもしれない」と立ち止って考えられるようになりたい。
http://www.thecovemovie.com/
第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したアメリカの作品です。
先週、東京と大阪の映画館が相次いで上映を中止したことで、ニュースにも取り上げられていました。
日本で行われているイルカ漁の実態を暴いた衝撃の作品です。
しかし、これを「反日映画」だとする一部の右派団体からの抗議を受け、映画館が上映中止に追い込まれたわけです。
今回の上映会は、映画館ではなく、とある雑誌編集者が自主上映をしたものでした。
ニュースで騒がれた直後ということもあってか、警察が出動して入場を見守り、物々しい雰囲気でした。前売券を持っていない客が、長蛇の列を作っていました。

映画上映のあと、ジャーナリストたちによるシンポジウムが行われました。
そして、なんと映画の主要人物リック・オバリー氏がサプライズゲストとして登場!
まぁ、それはさておき、シンポジウムの趣旨は、映画の内容の是非を論じるものではありませんでした。
参加していたジャーナリストたちが口々に訴えたのは、日本国憲法第21条が保証する「言論表現の自由」でした。
ジャーナリストたちが一致して発表した緊急アピールは以下のような内容でした。
「評価が分かれるような問題作と言われる映画は日本では上映できないのか」
「そもそも海外では広く公開されているこの映画が、作品で描かれた当事国の日本で公開できないというのは、日本における『言論表現の自由』の脆弱さの表れである」
「作品への批判は当然あってよいし、批判の自由が保障されることが大切」
「しかし、たとえ自分と相容れない価値観の作品であったとしても、発表する自由は認める。それが『言論表現の自由』の基本原則だ。そしてそういう作品こそ、広く議論されるべきで、作品そのものを封印してしまうことは、その機会さえも奪ってしまうことになる」
そして今日、ニュースをネットやTVニュースで見て、唖然としました。
シンポジウム参加者の一人であったジャーナリストW氏の発言(イルカ漁に比較的肯定的発言をした)のみが取り上げられ、まるでジャーナリストたち全員の意見、ひいてはシンポジウム自体の主張は“イルカ漁を弁護、映画は否定”みたいなまとめ方をしているんです。
マスコミの言うことなんて、半分ウソだと疑ってかかった方がいいとは常々思っていましたが、ここまで歪んで報道されるとは・・・。あるいは、私の解釈が間違っていただけなのか。
とにかく、私がシンポジウムで聞いた主張は、あくまで言論の自由、上映しないと始まらないということであり、映画の中身の賛否には一切言及していませんでした。
散乱する情報に翻弄されることなく、正しいことを見極められるようになりたいものです。
えてして「正しいこと」ひとつではないことが多いですが、そのどれもが「正しいかもしれない」あるいは「間違っているかもしれない」と立ち止って考えられるようになりたい。
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