2009/06/23
天の声はどこから?
2009/06/22
堕落の先にあるもの
まだ再就職先は決まらず。
平日、ハローワークに4か所も行ったけど、どこもディズニーランド並みに混雑していた。
相談受けるのに2時間半待ち。スプラッシュマウンテン並みだ。
タイムリミットがあるというのは辛い。
今月末で横浜の住居を退居することになっていて、それまでに再就職できなければ「無職&ホームレス」を初体験するハメになる。
片っぱしから病院に電話して求人を尋ねる。
その数が膨大すぎて、どこにかけたのか分からなくなりつつあるので、リストを作ってみた。
・問い合わせて求人がなかった病院=31件
・問い合わせて求人があるから見学したけど辞退した病院=5件
・前回、前々回の就活で見学したけど気に入らなかった病院=13件
求人がないのだから、「私を不採用」というのとは意味が違うワケだけど、やっぱり凹む。
そうだ、「治験したい!」とおねだりして闇ルート(?)で手に入れた、不穏時用の精神科薬があったではないか。
試しに飲んでみた。
副作用の眠気が強くて、午後3時から翌日の朝11時まで寝た。
時間を無駄にした、と余計不穏になった・・・。
徐々に生活リズムは狂い、昼夜逆転。
真夜中の1時から3時が私のピアノレッスン時間となった。
おかげで無意味にやたらピアノが上達した。
発表会があれば今すぐ出れる。
やっぱり音楽療法は有効だ、と思ってみたり。
音楽療法と言えば、たまりにたまった授業のDVD。
今まで「時間がない」を言い訳にためこんでいたけど、時間があってもやっぱり観ないことが判明。
ようやく分かった、時間があってもやらないもの=勉強、掃除、料理、ダイエット。
こんな堕落した生活の私に光が差しのべますように、と昨日は日曜ミサに行ってみた。こんな時だけお祈りされて、神様も気の毒に思えた。
昨日は暦では夏至。
雨降ってて夏至だろうが関係なかったけど。
夜、NHK「Save the Future」という番組の「エコうた」を見ながら、キャンドルナイトならぬ、キャンドル無しナイト(一応電気は消した)。
一青窈の名字が「一青」で名前が「窈」であることを初めて知った。
新曲「うんと幸せ」に、もらい泣き。
私も今日を生きていることに幸せを感じられた。
2009/06/14
ホタル
たぶん、全国津々浦々に「こどもの国」的なものはあるのでしょうが、私が行ったのは、横浜と町田をまたぐ「こどもの国」です。
「こどもの国」は、1959年(昭和34年)4月の皇太子殿下(現:天皇陛下)のご結婚を記念して、全国から寄せられたお祝い金を基金に、1965年(昭和40年)5月5日のこどもの日に開園したそうです。
外観(入場ゲート)は、しなびた感じなのですが、入ってみると、親子がうじゃうじゃ。44年の時を経て、今だに賑わっていました。
巨大な森林公園って感じです。
園内は広くて、いかだを漕いだり、サイクリングしたり、プールがあったり、バーベキューができたりします。幸せオーラに包まれていました。
夜はホタルを見に、近くの田んぼへ行ってきました。
ホタルで有名な場所らしいのです。連れて行ってくれた友達曰く、去年はいっぱい飛び交い、それは見事に光っていたそうです。
しかし・・・到着するや否や降り始めました、雨。
雨粒がホタルのようにピカピカ。一匹も飛びませんでした。
ってゆーか、今年は去年のリベンジだったのに、2年連続ハズレちゃいました。
2009/06/13
マトリョミン
これは、単なるマトリョーシカ人形ではありません↓↓
なんとなんと、楽器なのです!!
その名も「マトリョミン」。
ロシアの楽器「テルミン」を、木製人形マトリョーシカに内在してしまった、日本人考案楽器「マトリョミン」。
つまり、「テルミン」+「マトリョーシカ」=「マトリョミン」なのです。
友達のいーちゃんからお招きいただき、その「マトリョミン」とやらの演奏会に行ってきました↓↓
これ、演奏している姿です。
人形片手に"気"を送る怪しい宗教団体にしか見えないけど、そうではありません。
会場は教会でしたが、キリスト教も背後に映っているパイプオルガンも関係ありません。
そもそも「テルミン」とは何なのかと言いますと、1920年、ロシアのテルミン氏により発明された世界最古の電子楽器なのだそうです。テルミンが普通の楽器と違う最大の特徴は、テルミン本体に手を触れることなく演奏するところです。テルミンの本体からは、通常2本のアンテナがのびており、それぞれのアンテナに近付けた一方の手が音程を、もう一方の手が音量を決めます。わずかな静電容量の違いを演奏に利用するため、演奏者自身が余計な動きをしたり、周辺環境(風や人の動きなど)によって、音がぶれていしまいます。なので、一般の音楽演奏のようにノリノリに体を揺らすことは厳禁で、固まった姿勢、無表情で神経統一した様相で演奏するのであります。
「マトリョミン」は、そんなテルミンを可愛らしいマトリョーシカ人形に内在してしまった、日本人考案の楽器なのです。http://mandarinelectron.com/
ただでさえ怪しい楽器、怪しい演奏法であるうえに、それがマトリョーシカの姿をしているのだから、怪しさ増大。合奏するときは、自身の音を聞きとるために、聴診器(!)をマトリョミンにつけて聴きながら演奏しています。さらに、昭和初期の壊れたラジオみたいなアンプを床に置きます。
演奏している側は大マジメに演奏しているのですが、聴診器にマトリョーシカ、壊れたラジオを備え、仏頂面で"気"を送っている姿を見たときの衝撃ときたら、!?!?!?ですよ。 サン・サーンスの「白鳥」なんぞ演奏してくれました。 これは、いーちゃんの同僚で、演奏に参加していた人↑↑
あだ名は「テルミン」。ちなみに、唯一の男性奏者でした。演奏法をデモンストレーションしてくれました。
でも、先生も男性なんですよ↓↓
悪いとは思ったけど・・・、大 爆 笑。
こんな奇妙な姿、正気で考えたら笑わずにはいられないでしょう。
これは、必見ですよ。なんだか視野が広がった気になりました。
世の中いろんな変わり人がいるもんだ、と自分が凡人であることに若干安心を覚えました・・・。
参考までに、YouTubeで見つけた映像をぜひご覧ください↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=O6LU2VxnTFw&feature=related
2009/06/09
白馬に出会う旅
近いのにまだ一度も行ったことのなかった高尾山。
高尾山から陣馬山まで縦走7時間コースに挑戦!
朝から小雨が降っていました。やっぱり私は雨女・・・。
朝9時、登山開始!
雨だし寒いし月曜だし、ほとんど登山客がいません。
途中にある山小屋もすべて閉まってました。
なんだか、おどろおどろしい↓↓
なんだかジブリ映画にでてきそうな光景だ。
360度のパノラマと富士山が展望できるらしいけど、見えたのは霧、霧、そして霧・・・。
私はこの馬に会いに登ったのです!
残念ながら王子様はいませんでした。
景色が見えなくて残念だったけど、やっぱ山はいいな~。
2009/06/06
The road to the Guantánamo
「グアンタナモ、僕達が見た真実」(2006、イギリス)。
この映画は、実話をもとに制作されたものです。
http://www.roadtoguantanamomovie.com/
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件。その後、アメリカ政府によって、ウサマ・ビン=ラディンとアルカイダに首謀者の疑惑がかけられる。
そしてアメリカ主導で始まったアフガン攻撃。アメリカ政府によって「対テロ戦争」の一環と位置づけられ、国際的なテロの危機を防ぐための防衛戦として行われた(ことになっている)。 イギリスを始め多くの国がこのアメリカ政府の攻撃に賛同した(日本も!)。
グアンタナモ収容所はキューバにある米軍基地内にあります。
ですが、そこはキューバでもなく、アメリカでもなく、アメリカ軍法のみが適用される、「治外法権」のとんでもない収容所なのだそうです。
なのでここの収容者は「捕虜」としても「容疑者」としても権利を保障されない。
本来、アメリカ刑法の「容疑者」であればアメリカの権利章典に定める容疑者の権利が保証され、弁護士をつけることが認められる。また、「捕虜」であれば、ジュネーブ条約が適用され、拷問などが禁じられる。
しかしグアンタナモの収容者は、テロリストと疑われれば、裁判にかけることもなく、軍の独断と偏見で長期拘留されてしまうのです。
さらにアメリカと国交のないキューバ国内にあるため、マスメディアの監視もできないのだそうです。
映画では、パキスタン出身イギリス人男性仲良し4人組が、アフガニスタンをのんきに旅行中、突如紛争に巻き込まれ(うち1人はアフガニスタンにて死去)、拘束され、グアンタナモへ送られ、拷問を受けることになるのです。
アルカイダのメンバーであると認めるまで続く拷問、ビン・ラディンの消息を知っていると吐くまで続く拷問。戦争とは無関係な、平凡な無実の一市民が、拷問から逃れるためには「Yes」と言うしかないのです・・・。
グアンタナモには、イスラム系だというだけで疑惑をかけられ収容されている人達が大勢いるそうです。 これが、「不朽の自由作戦」?
映画のパキスタン人3人は生き延び、2004年に釈放されてイギリスへ帰れました。 映画の中でもたびたび本人が登場し、当時を語るシーンが映っています。 拷問シーン、戦争シーンは、演じているとはいえ、すさまじく描かれています。
これが事実だと言うのだから、人間はなんと愚かなんだろうと思わずにはいられない。
戦争においては、いかなる「正義」も存在しえない、絶対。
現在も存在するグアンタナモ収容所。
オバマ大統領は閉鎖を目指すらしい。果たして・・・?
グアンタナモで、みんなが「グアンタナメラ」を大合唱できますように。
2009/06/04
ペルセポリス Persépolis
当時私は忙しい日々で、映画を観に行く暇もありませんでした(「忙しい」という言い訳、今は大キライ!)。 すると先生は、「ペルセポリス」の本を貸してくれました。もともと、原版は漫画本だったのでした。先生がスペインで買ったスペイン語訳のもので、4巻ありました。「忙しかった」ので、週1回スペイン語のレッスンの帰り、電車で読むことにしました。
Hace mas de uno año mi ex profe de español me recomendó una película, "Persépolis". En ese momento estaba muy ocupada y no tenía tiempo para ir al cine. (Ahora me da rabia decir "estoy ocupada" como una excusa".) Entonces él prestó los libros de "Persépolis". Orginalmente se publicó como un cómic. Eran 4 series en español y empezé a leerlo en tren aprovechando en camino a casa de la clase de español.
Lamentablemente no podía entender bien el libro en español y me compré el mismo libro pero traducido en japonés.
すると先生は、「両方同時に読み進めれば?」と言いました。同じページを開いて、スペイン語版を読んで次に日本語版を読めば、理解も深まるし同時にスペイン語の勉強にもなる、というのが先生の案でした。
Le dije a mi ex profe que iba a leerlo en japonés primero y luego leería en español. Entonces él me dijo, "¿por qué no lees los dos libros juntos?" Su idea era abrir la misma página y leerlo en español y luego en japonés para entender mejor y así aprender el español también.
でも私の唯一の読書時間は帰りの電車の中だけ。夜の埼京線は地獄でした。立ったまま押しつぶされて、座れることなんか一度もありませんでした。 すると先生は、「それじゃあ、座ってる乗客の前に立って、その人にどちらか1冊開いて持ってもらったら?で、もう1冊は自分で開く。そうすれば2冊同時に読めるよ。」
・・・もちろん、実行していません。
Pero yo tenía tiempo para leerlo sólo en el tren y la línea que cogía estaba siempre llena. Nunca podía encontrar un asiento y tenía que estar parada muy apretada. Entonces él me dijo, "¿por qué no le pides a un pasajero sentado para que agarre un libro abierto? Así vas a poder leer los dos libros al mismo tiempo, uno que está en tus manos y otro que está en las manos de un pasajero."......No le hice caso.
それから時は経ち、今年のゴールデンウィーク、ようやくこの本を読む時間を作りました。もちろん、先生から借りていたスペイン語版はとっくに読まずに返していたので、自分が持っている日本語版だけですが。
Después de ese momento volví a leerlo por primera vez en mayo, en la "Semana de Oro" de este año. Ya no tenía los libros en español prestados, pues sólo leí lo de japonés.
文句なし、一目惚れです。めちゃめちゃ気に入りました。
No tengo palabras. Me encantó los libros absolutamente.
「ペルセポリス」はイランで初めての漫画作品なのだそうです。
作家はイラン人女性、マルジャン・サトラピ。
その中でキラリと光るのがマルジャンのおばあちゃんの存在です。おばあちゃんはいつもマルジャンに、イラン人としての誇り、人間としての尊厳を教えます。
「いつも毅然としていること、自分に公明正大であること。」
「人を裁くのではなく、許すことを学びなさい。」
Fue el primer cómic de Iran. La autora es una iraní, Marjane Satrapi. Trataba sobre la historia de la revolución y de la guerra en su juventud real, lleno de humor y cariño de su familia. Lo que me llamó la atención fueron las palabras de la abuelita de Marjane que sale en el libro. Su abuelita fue la persona que siempre le mostró el camino correcto a su nieta, Marjane. Ella decía, "Siempre toma una actitud resuelta y se justa. Aprende a perdonar más que a juzgar."
昨日、ついにDVD(http://persepolis-movie.jp/)を借りてこの作品を観たのですが、断然、原版(本の方)をお薦めします!
Ayer por fin ví en DVD pero les recomiendo leer los libros.
2009/06/02
メメント・モリ Memento Mori
現在32歳の重度知的障害の娘を持つお母さんが、32年間の、娘さんとの日々を語ってくれました。
娘さんが生まれるまで、生まれた瞬間、生まれた直後、そしてそれからの闘いの日々を、まるで昨日のことのように鮮明に語っていました。
Tuve la oportunidad de escuchar una charla de una madre que tiene una hija con discapacidad. Su hija nació con retraso mental grave hace 32 años atras. La madre contó sobre los años antes del nacimiento de su hija, el momento del parto, los años despues del nacimiento y la lucha contra el mundo en el período de su educación, claramente como sifuera ayer.
「今だったら恥ずかしくてできないことも、娘のために必死だったので、当時は何だってやった」と言うお母さん。
現在、娘さんは養護施設に入所していて、週末になると帰宅するという生活を送っているそうです。
La madre dijo, "como estada desesperada, hice todo lo que pude pero ahora daría vergüenza hacer." Ella dijo que ahora su hija vive en un establecimiento y vuelve a casa los fines de semana.
「どんなに慣れた施設でも、集団行動を強いられているからやはりストレスはあるようで、週末自宅へ帰ってくると、居間で気持ちよさそうにコックリコックリ居眠りしてるんです。その顔を見ると、彼女にとっての幸せがこの瞬間であり、私にとってもそうであると感じます。『もっと、もっと』という欲を知らない彼女の生き方を見ていると、『幸せのあり方』の真髄を考えさせられます。」
La madre dijo,"aunque es un establecimiento cómodo, me parece que mi hija siente estrés por la vida en comunidad. Cuando ella vuelve a casa los fines de semana, da cabezadas en la sala y cuando la veo durmiendo con tanta paz, pienso que ella está relajada y felíz y me hace felíz también. Su felicidad es simple y la encuentra en la vida cotidiana. Ella no sabe desear"más", no sabe ser avara, ella es la persona que me enseña la esencia de la felicidad de la vida".
「娘も成長し、私も年を取ったので、私の死後、娘はどうなるのだろうと心配になりますが、幸いにも若くして産んだ子なので、私が逝くのは娘を看取ってからになればいいなと思っています。」
"Ya mi hija está mayor y yo estoy vieja, así que me preocupa el futuro de ella después de mi muerte. Pero como la tuve cuando yo era joven por suerte, espero que yo cierre los ojos de mi hija antes de morirme."
母の愛情は海よりも深し。
私も自分の母への感謝の気持ちでいっぱいになりました。
El amor de madre es más profundo que el mar.La charla me hizo llenarme de agradecimiento a mi madre.
ふと、「メメント・モリ(Memento Mori)」という言葉を思い出しました。
ラテン語で、「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句だそうです。
日本語では、「死を想え」、「死を忘れるな」などと訳されるそうです。
古代では、「メメント・モリ」の趣旨は「Carpe diem」=「今を楽しめ」ということで、「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬのだから」というアドバイスだったそうです。これの起源は聖書にあり、古典的な死生観だったようです。
Alguna vez he escuchado una frase,"Memento Mori". Dicen que es una frase latina que significa "Recuerda que morirás" en el sentido de "Recuerda que eres mortal". Originalmente en la edad de Roma antigua, la frase significaba "Carpe diem"(Disfruta del momento), era un consejo como: "Coman, beban y alegrense, ya que pudieramos morirnos mañana". Era una idea clásica de vivir y morir.
命を授かり、育ててもらったことに感謝し、生きている今を大切にしたいな、と思いました。
Me gustaría agradecer que recibí la vida y que me criaron.