「あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ」
で有名?な、熊本さ行ってきました。
本来の目的は仕事の研修会。
ですが、研修が始まる前の朝8時半、熊本城へお散歩♪♬
お城と青空を独り占め。
平日のこの時間に来る客なんてあまりいないんでしょうねー。
あ、でも小学生が写生大会に来ていました。
子供:「先生、定規使っていいですか?」 先生:「だめです!」
復元や修復されたものばかりで新築の臭いさえする中、
この「宇土櫓」↑↑は約400年前のままだそうです。
研修が終わった後も一目散に観光へダッシュ!
「水前寺成趣園」です↓↓
これも約400年前に開園された、細川家ゆかりの桃山式回遊庭園。
中央に見えるのは富士山だとか↑↑
いやはや、お見事!
庭園内は、昭和の時代のままでした。
住み込みの食堂やお土産屋さんがあって、白髪のおばあさんがボンヤリと座っている姿が映画のワンシーンのように静寂でした。
熊本の後は、竜馬も愛した長崎へ!「稲佐山」から眺めた長崎市内↓
長崎はボリビアのラパスのようにすり鉢状の地形で、なんだか懐かしくなりました。
長崎名物「トルコライス」を食べました↓
なんと同じ日に長崎にいることが分かった東京の友達と合流。
私の携帯メール:「今、長崎にいるよー」 友達:「え?!私も長崎にいるよ」 こんな偶然、あるんですねー!!
長崎の眼鏡橋↓
皇居だけじゃなかったらしい。
この近くにあるインターナショナルホステルに泊まりました。
1泊2500円男女混合ドミトリー(2段ベッド×4)、バストイレ共同ですが何か?!経費で泊まった熊本のホテルとは大違い・・・。
学生のバックパッカーに交じり、かつての私を見ているようで懐かしい半面、三十路になってもまさかまだ御用達の我がフトコロがちぃと情けなくなりましたとさ。
まずは長崎原爆資料館へ。
1945年8月9日11時2分で止まったままの時計。
ちなみに、同じ建物内に、「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」が併設されていました。
こちら、誰も気付かないのか、ガラガラ。 こちらにも是非足を運んでほしいと思いました。
平和公園です↓↓
原爆で破壊された「浦上天主堂」の焼け残り↓↓
復元された現在の浦上天主堂↓↓
永井隆記念館にも行ってきました。
これは、永井博士が亡くなるまでの時期を過ごした「如己堂」↓↓
己を愛するように他人を愛せよ、という意味だそうです。
藤山一郎さんが歌った私の大好きな曲「長崎の鐘」の楽譜も展示してありました↓
そのあと、街の反対側にある「大浦天主堂」へ↓↓
隣のグラバー園とならんで、びっくりするほどの観光客で賑わっておりました。
夕暮れ時、帰路に着く観光客と逆行して「オランダ坂」を歩く私に、信じられない出会いが訪れたのでした。
タクシーがキキーッと止まり、「本物のオランダ坂を教えてあげるけん、乗りな。お金は取らんけん。」と威勢よく声をかけてくるではありませんか!!
見ると、50代のパンチパーマのおっさん運転手。
新手のナンパか誘拐か?!
3秒くらい迷った末・・・、乗っちゃいました♪
おっさんに連れられて行った「ドンドン坂」↓
写真も撮ってくれるのですが、ポーズも指定され、ダメだしも厳しい・・・。ってゆーか、半ば全て強制的でした。
「ここで降りて、写真撮ってあげるけん。そこに座りな。」って感じ。
おっさん曰く、「どこもかしこも修復、復元されて、本当の長崎が失われていくのが悲しい」「観光客は偽物の真新しい長崎を見て信じ切っている」と。確かに維持するための手入れは欠かせないけど、観光客目当ての不必要な修繕が目立つのだそうです。
この異様に馴れ馴れしく親切で多弁なおっさんは、結局小一時間くらい私を連れまわし、近くの駅で降ろしてくれました。アンビリーバボー。
最終日は、今回の旅の目的であった「恵みの丘原爆ホーム」の訪問です↓↓
市内から離れた山の上にある、被爆者が主として入居している高齢者施設です。カトリックのシスターたちによって運営されています。
毎年、8月には歴代の首相が慰問に来るそうです。なんとローマ法王も来たそうですョ。
あれから65年。まだ原爆の苦しみは終わっていないのです。
語り継ぐべき負の歴史、それを忘れずに、希望に変えて平和を守らなければならないのは私たちの世代。
永井博士の言葉
「本当の平和をもたらすものは、ややこしい会議や思想ではなく、ごく単純な愛の力による。」
2010/09/20
2010/08/25
伊豆縦断の旅
伊豆半島の先端、下田に友達のシンタが引っ越して数ヵ月。
今週末、会いに行ってきました↓
駅員さんが入ってるのは、ペリー来航のときの黒船。
シンタの彼女のサオリちゃんが、夕方のビーチへ連れて行ってくれました。
吉佐美大浜です↓
ライフセーバーの卵たちが、訓練を行っていました。
まるで、イルカのようでした。
砂浜で見つけたおやま。富士山かな。お見事!
夜、シンタとサオリちゃんが夕飯を手料理してくれました。
ちなみに、木のテーブルもシンタお手製。
翌日、早起きして入田浜へ。
このビーチ、透明度が高いのだとか。
私も水の中へ、いざ出陣↓↓
お盆は過ぎたけど、日差しはまだまだギンギンギラギラ。
砂浜が焼けるように熱い。
水の中、きもちいい!!
水が澄んでいて、小さなカニが海底を歩いているのまで見えました。
伊豆は海だけではありません!
ということで、山にも連れて行ってくれました。
川端康成の「伊豆の踊子」の舞台、天城峠までドライブ。
河津町というところの七滝(「ななだる」と読む)巡りをしました。
こちら、踊子と青年↓
残念ながら、この作品は最初の数ページで挫折・・・。
清流の中に突如たたずむ大きな岩↓↓
こちら、七滝のひとつ、「初景滝」↓↓
猛暑の中、滝の周りはひんやりと涼しく、マイナスイオンがいっぱいでした(たぶん)。
「大滝」です↓
「七滝」から少し行ったところにあるのが、「浄蓮の滝」↓
「浄蓮の滝」は、石川さゆりの名曲「天城越え」の歌詞で出てくる、あの浄蓮の滝です。
ん?と思われたあなたへ、歌詞はこちら↓↓
♪隠しきれない移り香が いつしかあなたに 浸みついた
誰かに盗(ト)られるくらいなら あなたを殺していいですか
寝乱れて 隠れ宿 九十九(ツヅラ)折り 浄蓮(ジョウレン)の滝
舞い上がり揺れ堕ちる 肩のむこうにあなた・・・山が燃える
何があっても もういいの くらくら燃える火をくぐり
あなたと越えたい 天城越え♪
歌碑と浄蓮の滝↓↓ 石川さゆりの白黒写真付き。
そんなわけで、海も山も滝もある伊豆を大満喫!
「さよなら私の夏」とつぶやいてみました(^-^)
帰り、伊東から乗ったJR↓↓
びっくり、ぬいぐるみで飾り付けしてある車両でした・・・。
今週末、会いに行ってきました↓
駅員さんが入ってるのは、ペリー来航のときの黒船。
シンタの彼女のサオリちゃんが、夕方のビーチへ連れて行ってくれました。
吉佐美大浜です↓
ライフセーバーの卵たちが、訓練を行っていました。
まるで、イルカのようでした。
砂浜で見つけたおやま。富士山かな。お見事!
夜、シンタとサオリちゃんが夕飯を手料理してくれました。
ちなみに、木のテーブルもシンタお手製。
翌日、早起きして入田浜へ。
このビーチ、透明度が高いのだとか。
私も水の中へ、いざ出陣↓↓
お盆は過ぎたけど、日差しはまだまだギンギンギラギラ。
砂浜が焼けるように熱い。
水の中、きもちいい!!
水が澄んでいて、小さなカニが海底を歩いているのまで見えました。
伊豆は海だけではありません!
ということで、山にも連れて行ってくれました。
川端康成の「伊豆の踊子」の舞台、天城峠までドライブ。
河津町というところの七滝(「ななだる」と読む)巡りをしました。
こちら、踊子と青年↓
残念ながら、この作品は最初の数ページで挫折・・・。
清流の中に突如たたずむ大きな岩↓↓
こちら、七滝のひとつ、「初景滝」↓↓
猛暑の中、滝の周りはひんやりと涼しく、マイナスイオンがいっぱいでした(たぶん)。
「大滝」です↓
「七滝」から少し行ったところにあるのが、「浄蓮の滝」↓
「浄蓮の滝」は、石川さゆりの名曲「天城越え」の歌詞で出てくる、あの浄蓮の滝です。
ん?と思われたあなたへ、歌詞はこちら↓↓
♪隠しきれない移り香が いつしかあなたに 浸みついた
誰かに盗(ト)られるくらいなら あなたを殺していいですか
寝乱れて 隠れ宿 九十九(ツヅラ)折り 浄蓮(ジョウレン)の滝
舞い上がり揺れ堕ちる 肩のむこうにあなた・・・山が燃える
何があっても もういいの くらくら燃える火をくぐり
あなたと越えたい 天城越え♪
歌碑と浄蓮の滝↓↓ 石川さゆりの白黒写真付き。
そんなわけで、海も山も滝もある伊豆を大満喫!
「さよなら私の夏」とつぶやいてみました(^-^)
帰り、伊東から乗ったJR↓↓
びっくり、ぬいぐるみで飾り付けしてある車両でした・・・。
2010/08/08
花火 Festival de fuegos artificiales
土曜日、青梅市の花火大会に行ってきました。
青梅に住む友達のあっちゃん宅にお邪魔して見物です。
駅前のビルの屋上に食べ物やら飲み物やら椅子やら、エンヤコラ運びました。
あっちゃんの親戚の皆さんや中学の同級生の皆さんなど、総勢15人ほど集まり、ワイワイ大盛り上がり。
桟敷席も顔負けの絶好の場所で、花火が目の前にドーンと大きく上がるのでした。
私は、昔っからあるようなこの飴色の花火が好きです↓↓
しだれ花火も大好き↓↓
青梅の山の上に上がるのが、なんとも風情がありました↓↓
あっちゃんの中学同級生の皆さんと↓↓
初対面の私に浴衣を着せてくれ、いきなり裸の付き合いとなったのでした。
中学からの友達って、本当に何もかもお見通しというか、みんな家族みたいに自然体で過ごしていました。
聞けば、中学1年の時の同じクラスの仲良しグループで、それ以降ずっと交友は続いており、毎年青梅の花火大会のときはあっちゃんちにお泊まりするのだとか。
去年の花火はどうだったとか、今年は新作があるだとか話していました。
カボチャの煮つけの最後のひとかけら(ひとくち小サイズ)を、真剣に3人で分け合って(2等分+皮=3人分)食べているのを見たら、思わず噴き出してしまいました。
いいなぁいいなぁ。
地元を離れて10年以上が経つ私。もちろん子供の頃からの旧友はいるけれど、そのメンバーでワイワイ集まることはなかなかありません。あったとしても、遠いし、なかなか物理的に難しい。
友達は宝。
改めて実感した夜でした。
青梅に住む友達のあっちゃん宅にお邪魔して見物です。
駅前のビルの屋上に食べ物やら飲み物やら椅子やら、エンヤコラ運びました。
あっちゃんの親戚の皆さんや中学の同級生の皆さんなど、総勢15人ほど集まり、ワイワイ大盛り上がり。
桟敷席も顔負けの絶好の場所で、花火が目の前にドーンと大きく上がるのでした。
私は、昔っからあるようなこの飴色の花火が好きです↓↓
しだれ花火も大好き↓↓
青梅の山の上に上がるのが、なんとも風情がありました↓↓
あっちゃんの中学同級生の皆さんと↓↓
初対面の私に浴衣を着せてくれ、いきなり裸の付き合いとなったのでした。
中学からの友達って、本当に何もかもお見通しというか、みんな家族みたいに自然体で過ごしていました。
聞けば、中学1年の時の同じクラスの仲良しグループで、それ以降ずっと交友は続いており、毎年青梅の花火大会のときはあっちゃんちにお泊まりするのだとか。
去年の花火はどうだったとか、今年は新作があるだとか話していました。
カボチャの煮つけの最後のひとかけら(ひとくち小サイズ)を、真剣に3人で分け合って(2等分+皮=3人分)食べているのを見たら、思わず噴き出してしまいました。
いいなぁいいなぁ。
地元を離れて10年以上が経つ私。もちろん子供の頃からの旧友はいるけれど、そのメンバーでワイワイ集まることはなかなかありません。あったとしても、遠いし、なかなか物理的に難しい。
友達は宝。
改めて実感した夜でした。
2010/08/02
原宿ウエディング
日曜日、またまた結婚式にお呼ばれして参列しました。
今回は、レストランウエディングでした。
原宿ど真ん中のビル5階にある、オープンテラスです。
夜景をバックに↓↓ ステキでした。
このキスシーン、まるで絵のようではありませんか? ↓↓
私はこの新婦の友人なのですが、彼女は私より10歳ほど年上で、私より前にボリビアで活動した、同職種の先輩であります。
ボリビアから帰国後は、カンボジアのNPOで活動していたこともあり、当時私はカンボジアまで追いかけて行って見学したのでした。
その後、修士号を取得され、現在はOT養成校の教員をされています。
そんなわけで、出席者も学校の同僚が多かったのですが、驚いたのは「卒業生」の多さ!!
何人いただろう。20人は超えていたのでは?
とにかく、教え子が教員の式に呼ばれること自体マレなのだそうですが、それに加えてその数!彼女の人望を物語っていました。
関係ないですが、彼女、六本木のクイーンでもあります。
サルサを踊らせればプロ級(ってゆーか、プロを目指そうか迷った時期もあったとか)。
とにかく多才な人です。私の尊敬する女性です。
今年は結婚式のピーク(もちろん、招待される側で・・・)。
もう何回出席したことやら。
しかし、こうして私を呼びたいと思ってくれる友人がいることは、本当にありがたいことだと、改めて感謝感謝。
今回は、レストランウエディングでした。
原宿ど真ん中のビル5階にある、オープンテラスです。
夜景をバックに↓↓ ステキでした。
このキスシーン、まるで絵のようではありませんか? ↓↓
私はこの新婦の友人なのですが、彼女は私より10歳ほど年上で、私より前にボリビアで活動した、同職種の先輩であります。
ボリビアから帰国後は、カンボジアのNPOで活動していたこともあり、当時私はカンボジアまで追いかけて行って見学したのでした。
その後、修士号を取得され、現在はOT養成校の教員をされています。
そんなわけで、出席者も学校の同僚が多かったのですが、驚いたのは「卒業生」の多さ!!
何人いただろう。20人は超えていたのでは?
とにかく、教え子が教員の式に呼ばれること自体マレなのだそうですが、それに加えてその数!彼女の人望を物語っていました。
関係ないですが、彼女、六本木のクイーンでもあります。
サルサを踊らせればプロ級(ってゆーか、プロを目指そうか迷った時期もあったとか)。
とにかく多才な人です。私の尊敬する女性です。
今年は結婚式のピーク(もちろん、招待される側で・・・)。
もう何回出席したことやら。
しかし、こうして私を呼びたいと思ってくれる友人がいることは、本当にありがたいことだと、改めて感謝感謝。
2010/08/01
We are reds!!!
昨日、埼玉で働いていたときの元同僚にお誘いいただき、憧れの(?)浦和レッズ初観戦に行ってきました!
埼玉スタジアムの遠いこと遠いこと。2時間弱かかりました。
スタジアムは、2002年に日韓ワールドカップが開催されたときにできた、比較的新しいスタジアムなのだそうです。それを記念して、中には色々な展示があり、ミュージアム感覚でも楽しめました。
前にも書きましたが私は2002年は日本にいなかったので、そのときの埼玉スタジアムの熱気を想像することしかできないのが残念です。
スタジアムの外の出店も中の飲食店もかなり充実していました。見て回るだけでも楽しい。
レッズにちなんだ食べ物が色々あっておもしろかったです。
結局チーズカレーを購入。赤いサッカーボールパックによそってくれました。とことん「Red」にこだわっているようです。
隣で売っていたソフトクリームも食べたいなぁと眺めていたら、なんと、注文を間違えて作ってしまったというバニラソフトクリームをお店のおにーさんがくれました!!
私、ついてるぅ❤
確かに物欲しそうに一部始終を眺めてはいたけど・・・。
これも、若い(?)女子の特権ね。あと10年後にはもうこんなお恵みはないのかも。
さて、いよいよ試合開始です。
ご存じ、浦和レッズといえば、熱狂的なサポーターで有名です。
対戦相手は大宮アルディージャ。つまり、埼玉勢同士の戦いです。
が、大宮のサポーターはほとんど入れてもらえず、ほぼ全席が赤い色で埋まっていました。
試合はというと、荒れましたねー。
前半早々、大宮が1点ゴールでリード!
しかしその直後、大宮の選手がひとり、レッドカードで退場となる事態。
つまり、浦和レッズは1点リードを許しつつも、相手より1人多いという有利な状態。
終始攻めに攻め、大宮は守りに守り、結局再三攻めたにもかかわらず、レッズはゴールを決められず、負けてしまいました。
1人多いことが、必ずしも「有利」とは限らないと知りました。
私はというと、この熱狂的サポーターを見たい一心で来ているので、サポーターの応援や、野次や、罵声を楽しんでいました。
おとなしそうな「普通の人たち」が突如、狂暴化し、叫び、汚い言葉を吐き捨てているのだから笑っちゃいます。
レッズの年間会員である我が友人は、ホームでやる試合は全部見に来ているのだそうです。つまり、2週間に1度! サッカー自体はもちろんだけど、レッズサポーターは「応援」というものを一種のエンターテイメントとして楽しんじゃっているから、過激なんだという結論に達しました。
だからか、とことんこだわった飾り付け、グッズに溢れていて、ジャニーズとかどこぞのアイドルより、よっぽど充実しているのではと思いました。
帰り道の出店で、なぜかワールドカップの選手ユニホーム(オフィシャルではない)を叩き売りしていたので、思わずメッシのを購入↓↓
4年後これ着てアルゼンチンを応援するためにも、出場してもらわなきゃ困るよメッシ。
実は値切ったけどダメだったのですが、なんと、「たたみ方ヘタになっちゃったから、おまけにクローゼ(ドイツ代表)のTシャツ1枚入れとくわ」と袋に詰め込んでくれたのでした。
“おまけ”程度なのか、あの天才クローゼが!!
あるいは、4年後はもう出場しない可能性があるから(クローゼの年齢的に)、売れ残っても困ると在庫処分したいのか?!
“おまけ”くれるくらいなら、値段まけて欲しかった・・・。
そんなわけで、サッカー観戦、とっても楽しかったです。
2時間かけてでも、また行きたいなぁ埼玉スタジアム。
埼玉スタジアムの遠いこと遠いこと。2時間弱かかりました。
スタジアムは、2002年に日韓ワールドカップが開催されたときにできた、比較的新しいスタジアムなのだそうです。それを記念して、中には色々な展示があり、ミュージアム感覚でも楽しめました。
前にも書きましたが私は2002年は日本にいなかったので、そのときの埼玉スタジアムの熱気を想像することしかできないのが残念です。
スタジアムの外の出店も中の飲食店もかなり充実していました。見て回るだけでも楽しい。
レッズにちなんだ食べ物が色々あっておもしろかったです。
結局チーズカレーを購入。赤いサッカーボールパックによそってくれました。とことん「Red」にこだわっているようです。
隣で売っていたソフトクリームも食べたいなぁと眺めていたら、なんと、注文を間違えて作ってしまったというバニラソフトクリームをお店のおにーさんがくれました!!
私、ついてるぅ❤
確かに物欲しそうに一部始終を眺めてはいたけど・・・。
これも、若い(?)女子の特権ね。あと10年後にはもうこんなお恵みはないのかも。
さて、いよいよ試合開始です。
ご存じ、浦和レッズといえば、熱狂的なサポーターで有名です。
対戦相手は大宮アルディージャ。つまり、埼玉勢同士の戦いです。
が、大宮のサポーターはほとんど入れてもらえず、ほぼ全席が赤い色で埋まっていました。
試合はというと、荒れましたねー。
前半早々、大宮が1点ゴールでリード!
しかしその直後、大宮の選手がひとり、レッドカードで退場となる事態。
つまり、浦和レッズは1点リードを許しつつも、相手より1人多いという有利な状態。
終始攻めに攻め、大宮は守りに守り、結局再三攻めたにもかかわらず、レッズはゴールを決められず、負けてしまいました。
1人多いことが、必ずしも「有利」とは限らないと知りました。
私はというと、この熱狂的サポーターを見たい一心で来ているので、サポーターの応援や、野次や、罵声を楽しんでいました。
おとなしそうな「普通の人たち」が突如、狂暴化し、叫び、汚い言葉を吐き捨てているのだから笑っちゃいます。
レッズの年間会員である我が友人は、ホームでやる試合は全部見に来ているのだそうです。つまり、2週間に1度! サッカー自体はもちろんだけど、レッズサポーターは「応援」というものを一種のエンターテイメントとして楽しんじゃっているから、過激なんだという結論に達しました。
だからか、とことんこだわった飾り付け、グッズに溢れていて、ジャニーズとかどこぞのアイドルより、よっぽど充実しているのではと思いました。
帰り道の出店で、なぜかワールドカップの選手ユニホーム(オフィシャルではない)を叩き売りしていたので、思わずメッシのを購入↓↓
4年後これ着てアルゼンチンを応援するためにも、出場してもらわなきゃ困るよメッシ。
実は値切ったけどダメだったのですが、なんと、「たたみ方ヘタになっちゃったから、おまけにクローゼ(ドイツ代表)のTシャツ1枚入れとくわ」と袋に詰め込んでくれたのでした。
“おまけ”程度なのか、あの天才クローゼが!!
あるいは、4年後はもう出場しない可能性があるから(クローゼの年齢的に)、売れ残っても困ると在庫処分したいのか?!
“おまけ”くれるくらいなら、値段まけて欲しかった・・・。
そんなわけで、サッカー観戦、とっても楽しかったです。
2時間かけてでも、また行きたいなぁ埼玉スタジアム。
2010/07/31
Costa del Sol 太陽の国スペイン
ルーマニアからスペインはマドリッドへ飛びました!
マドリッドには、ボリビアで出会った親友のマリソルが住んでいるので、再会の旅です。
実は2年前にも会いに行っているので、“再々会”です。
「また会おうね」と言って別れただけに、また会いたいし、そのためにはまたスペインへ行く。
今回は、夜行バスでマドリッドから更に7時間南へ下り、Málaga(マラガ県)というところにある街Fuengirola(フエンヒローラ)まで、避暑に出かけました。
早朝に到着し、海岸をお散歩↓↓ 朝陽がぐんぐん上ってきました。
避暑どころか、太陽が燦燦と照りつける熱帯でした・・・。
でも海の側にいると、なんとなく涼しく感じる。
フエンヒローラのビーチは、「Costa del Sol」=太陽のビーチと言われています。 マリソルと↓↓
実は、ここフエンヒローラには、マリソルと私の共通の友達が住んでいるんです。
私が働いていたボリビアの精神病院に入院していたエリザベスとそのお母さんのファニーです。
ファニーの家は、海岸に面した高級マンションの一室で、そこに泊めてもらいました。
最高のロケーション!家から水着で海へ出て、水着で戻れる。
目の前が海なのです。
朝方、まだ観光客もまばらな時間帯からファニーとマリソルと3人で、新聞を読んだりおしゃべりしたり居眠りしたりと、ビーチでまったりしました↓↓
残念ながら、娘のエリザベスは再入院中でした。
海辺のリゾートマンションやホテルと並んで、病院がありました↓↓
面会もビーチでできるという、なんともウラヤマシイ立地条件です。
OT室もあったので、思わず覗いちゃいました↓↓
セラピーは既に終わっている時間帯でしたが。
エリザベスは、ボリビアで入院していた頃よりずっとよくなっていましたが、精神科疾患と一生付き合っていく自分の人生への憤りと嫌悪感とで虚無的になっていました。マリソルと私に会えて嬉しそうではあるけど、その半面、健康であればこうして旅行も楽しめるのに自分は病院の中で生きているということを比較して、悲しんでいるようでもありました。
お母さんのファニーは「精神病は、本人にとっても家族にとっても、世界で一番悲惨な病気。ガンよりも認知症よりもね。」と、何かにつけて母に当たるエリザベスと向き合った後にポツリとつぶやきました。
私も普段患者さんとは関わるけれど、家族の気持ちに寄り添う機会はありません。
想像する努力はするけど、きっと想像を超える、計り知れない苦悩なんだろうな。
ファニーとエリザベスを目の前にして、実体験として勉強させられました。
ファニーは今、自身の死後のエリザベスの人生を危惧しています。
マリソルは、「自分の人生も楽しんでね」とファニーに声をかけて別れました。
さて、フエンヒローラの近くに、Mijas(ミハス)という町があります。
建物はどれも白いペンキで塗られていて、太陽に照らされると眩しくも美しい町です↓↓
町は歩いて見て回れます。完全に観光化されています。日本語の看板もいっぱい見かけました。
町に入るとすぐのところにある小さな教会は洞窟の中にあり、とても素敵でした↓↓
ところで、ファニーの住むマンションにはプールが付いていました。
日光浴しているオモシロイ男性が目にとまって思わずシャッターを押してしまいました(^-^)↓↓
こうして太陽の国スペインも満喫、大満足の旅を終えた私でした。
帰国の飛行機で体調を崩し、エコノミー席で8時間のたうちまわり、成田空港に着いたら付属の診療所に駆け込み点滴を2本打たれ、挙句の果てにスーツケースが届かないというアンラッキーが待ち受けているとはつゆ知らず・・・。
マドリッドには、ボリビアで出会った親友のマリソルが住んでいるので、再会の旅です。
実は2年前にも会いに行っているので、“再々会”です。
「また会おうね」と言って別れただけに、また会いたいし、そのためにはまたスペインへ行く。
今回は、夜行バスでマドリッドから更に7時間南へ下り、Málaga(マラガ県)というところにある街Fuengirola(フエンヒローラ)まで、避暑に出かけました。
早朝に到着し、海岸をお散歩↓↓ 朝陽がぐんぐん上ってきました。
避暑どころか、太陽が燦燦と照りつける熱帯でした・・・。
でも海の側にいると、なんとなく涼しく感じる。
フエンヒローラのビーチは、「Costa del Sol」=太陽のビーチと言われています。 マリソルと↓↓
実は、ここフエンヒローラには、マリソルと私の共通の友達が住んでいるんです。
私が働いていたボリビアの精神病院に入院していたエリザベスとそのお母さんのファニーです。
ファニーの家は、海岸に面した高級マンションの一室で、そこに泊めてもらいました。
最高のロケーション!家から水着で海へ出て、水着で戻れる。
目の前が海なのです。
朝方、まだ観光客もまばらな時間帯からファニーとマリソルと3人で、新聞を読んだりおしゃべりしたり居眠りしたりと、ビーチでまったりしました↓↓
残念ながら、娘のエリザベスは再入院中でした。
海辺のリゾートマンションやホテルと並んで、病院がありました↓↓
面会もビーチでできるという、なんともウラヤマシイ立地条件です。
OT室もあったので、思わず覗いちゃいました↓↓
セラピーは既に終わっている時間帯でしたが。
エリザベスは、ボリビアで入院していた頃よりずっとよくなっていましたが、精神科疾患と一生付き合っていく自分の人生への憤りと嫌悪感とで虚無的になっていました。マリソルと私に会えて嬉しそうではあるけど、その半面、健康であればこうして旅行も楽しめるのに自分は病院の中で生きているということを比較して、悲しんでいるようでもありました。
お母さんのファニーは「精神病は、本人にとっても家族にとっても、世界で一番悲惨な病気。ガンよりも認知症よりもね。」と、何かにつけて母に当たるエリザベスと向き合った後にポツリとつぶやきました。
私も普段患者さんとは関わるけれど、家族の気持ちに寄り添う機会はありません。
想像する努力はするけど、きっと想像を超える、計り知れない苦悩なんだろうな。
ファニーとエリザベスを目の前にして、実体験として勉強させられました。
ファニーは今、自身の死後のエリザベスの人生を危惧しています。
マリソルは、「自分の人生も楽しんでね」とファニーに声をかけて別れました。
さて、フエンヒローラの近くに、Mijas(ミハス)という町があります。
建物はどれも白いペンキで塗られていて、太陽に照らされると眩しくも美しい町です↓↓
町は歩いて見て回れます。完全に観光化されています。日本語の看板もいっぱい見かけました。
町に入るとすぐのところにある小さな教会は洞窟の中にあり、とても素敵でした↓↓
ところで、ファニーの住むマンションにはプールが付いていました。
日光浴しているオモシロイ男性が目にとまって思わずシャッターを押してしまいました(^-^)↓↓
こうして太陽の国スペインも満喫、大満足の旅を終えた私でした。
帰国の飛行機で体調を崩し、エコノミー席で8時間のたうちまわり、成田空港に着いたら付属の診療所に駆け込み点滴を2本打たれ、挙句の果てにスーツケースが届かないというアンラッキーが待ち受けているとはつゆ知らず・・・。
2010/07/30
El castillo de Drácula ドラキュラの城
結婚式の翌日、新郎新婦が企画してくれて、招待客のみんなでトランシルヴァニア地方にある「ドラキュラの城」へ出発!バスを1台チャーターしてくれたのでした。
こんな機会でもなければ一生来なかったであろうルーマニア。
観光ポイントも何も調べずに来てしまった私ですが、ルーマニアと言えば、ドラキュラの城らしいですね。知らなかった・・・。
外から見ても中から見ても、おどろおどろしい雰囲気は特になく、爽やかな新緑に囲まれていました。
私たち一行です↓↓入り口前でハイポーズ!

行く前は、やれニンニク持っていこうだの、十字架がいいだのヤイヤイ言って盛り上がった私たちでしたが、ドラキュラは夜に暴れるので昼間は大丈夫なのだと後で思い出しました。
ま、もっともドラキュラの話自体が物語なのだけど・・・。

近くにチーズ屋さんがいっぱいありました。
ここはパラダイスか?!パンとチーズがあれば生きていけるわ私。

あっという間にルーマニアとお別れを告げる日がやってきました。
結婚式で知り合った招待客のみんなとは、たった4~5日のお付き合いだったけど、毎日一緒に過ごしたからまるで家族みたいでした。
一人旅も楽しいけど、こうして楽しさを分かち合う旅もいいなぁとしみじみ思ったのでした。
そしてルーマニアから一路、スペインへ!!
こんな機会でもなければ一生来なかったであろうルーマニア。
観光ポイントも何も調べずに来てしまった私ですが、ルーマニアと言えば、ドラキュラの城らしいですね。知らなかった・・・。
外から見ても中から見ても、おどろおどろしい雰囲気は特になく、爽やかな新緑に囲まれていました。
私たち一行です↓↓入り口前でハイポーズ!
行く前は、やれニンニク持っていこうだの、十字架がいいだのヤイヤイ言って盛り上がった私たちでしたが、ドラキュラは夜に暴れるので昼間は大丈夫なのだと後で思い出しました。
ま、もっともドラキュラの話自体が物語なのだけど・・・。
近くにチーズ屋さんがいっぱいありました。
ここはパラダイスか?!パンとチーズがあれば生きていけるわ私。
あっという間にルーマニアとお別れを告げる日がやってきました。
結婚式で知り合った招待客のみんなとは、たった4~5日のお付き合いだったけど、毎日一緒に過ごしたからまるで家族みたいでした。
一人旅も楽しいけど、こうして楽しさを分かち合う旅もいいなぁとしみじみ思ったのでした。
そしてルーマニアから一路、スペインへ!!
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