と、こないだのブログで豪語した通り、11月最後の週末、長野県は駒ケ根市に行ってきました。
新宿発の高速バスで出発!
朝の新宿駅は人も少なくて、イチョウの美しさも空の青さも独り占め↓
駒ケ根市到着↓↓ 「市」でも田舎ですね~。
山に囲まれて、のどかで美しい景色。既に山頂はほんのり雪景色。
①徒歩で片道1時間、往復2時間
②Taxiで片道2千円、往復4千円
この二者選択を迫られたらアナタならどうする?私はどっちもイヤだ!! ・・・結局、①を選択。
ヒッチハイクしようにも、通りすがりの車、ゼロ。
途中で度々見かけた「協力隊通り」の看板↑↑
道は間違っていないと安心させてくれました。
歩くこと、ほんとに1時間、駒ケ根のJICA訓練所に到着。
私は都会のど真ん中広尾で訓練を受けたので、この地には何の思い出もないのですが、そのときスペイン語を教わったドゥケが今はここで教えていることが発覚(まーくんありがとう★)。
ドゥケに会いたくて会いたくて、ついに駒ケ根まで押しかけちゃいました。 5年ぶりの再会。言葉に表せない感動でした。
夜、一緒に押しかけた同期の仲間とドゥケと3人で居酒屋へ↓
途中で度々見かけた「協力隊通り」の看板↑↑
道は間違っていないと安心させてくれました。
歩くこと、ほんとに1時間、駒ケ根のJICA訓練所に到着。
私は都会のど真ん中広尾で訓練を受けたので、この地には何の思い出もないのですが、そのときスペイン語を教わったドゥケが今はここで教えていることが発覚(まーくんありがとう★)。
ドゥケに会いたくて会いたくて、ついに駒ケ根まで押しかけちゃいました。 5年ぶりの再会。言葉に表せない感動でした。
夜、一緒に押しかけた同期の仲間とドゥケと3人で居酒屋へ↓
帰り道、夜の駒ケ根は冷え込んでいたので、居酒屋からドゥケの家までの20分、なぜかダッシュ。歩いてちゃ寒すぎるという理由です。酔っぱらいのダッシュ、異様な光景でした。
翌日の朝は早起きして、ドゥケお勧めの、観光スポット(ドゥケ曰く、全国的に有名らしい)に連れて行ってもらいました。
翌日の朝は早起きして、ドゥケお勧めの、観光スポット(ドゥケ曰く、全国的に有名らしい)に連れて行ってもらいました。
そこは、驚異のパワースポット?ゼロ磁場「分杭峠」
http://bungui.fineup.net/
http://bungui.fineup.net/
なんでも、「気」が集まる場所らしい。ドゥケは信じており、ときどき瞑想しに行くそうです。
その日も朝早くから、多くの人が集まって、静かに座ったり読書したりしてました↓↓
「大切なことは"気を信じる"ことです。ネガティブな人はこの地には向きません。何事も"気"の持ちようです。」と説明看板に書かれていました。
まさにその通り!申し訳ないけど、大まじめな顔してジッと座っている人たちを見て吹き出してしもた。私にはまったくもって不向きな地でした。
瞑想中の私たちなんだけど・・・↓↓
ここだけ写すと何やってるんだか分からない写真ですね。
瞑想中の私たちなんだけど・・・↓↓
ここだけ写すと何やってるんだか分からない写真ですね。
読書している人も多いのですが・・・、中にはスポーツ新聞とか週間コミックとか雰囲気でないものを読んでる人もいました。私としては「瞑想」とか「悟り」とかが題名に付く単行本を読んでいて欲しかったなぁ。あるいは「詩」とか「漢文」とかさ。
パワースポットを流れる湧き水を汲む人々↓↓
でもその脇には「飲み水ではありません」と書かれた看板が・・・。
"気"を感じる前に腹こわしそうだ。
でもその脇には「飲み水ではありません」と書かれた看板が・・・。
"気"を感じる前に腹こわしそうだ。
途中で見つけた「夕陽の丘」で朝日をバックにドゥケと↓↓
昼、ドゥケが私たちのために初料理!
「鍋」でした。鍋もコンロも皿も材料も、全部今日のために買ったらしい。 泣ける話じゃありませんか。
「鍋」でした。鍋もコンロも皿も材料も、全部今日のために買ったらしい。 泣ける話じゃありませんか。
そして、言語には必ず友情が付随するということ。
私が獲得した言語と友情は、常に成長し、発展し、人生の味付けをしてくれている。
私は、ドゥケが日本に来て教えた初めてのクラスの生徒でした。
私は、ドゥケが日本に来て教えた初めてのクラスの生徒でした。
当初、ABCすら分からない私たちに、徹底していっさい日本語を使わず教えたドゥケ。
訓練最終日に、日本語ペラペラのドゥケを見て、唖然としたのが忘れられません。
教え方はもちろん、人としても尊敬できる素晴らしい先生であり、ドゥケのおかげで私たちのスペイン語は上達したと思っていました。今でも思っています。
でもドゥケが言ったのは、「語学上達には、もちろん良い先生につくにこしたことはないけど、肝心なのは生徒の"もっと知りたい、もっとしゃべれるようになりたい"という熱意であり、それなくして語学の上達はない。君達からはその後のどの生徒達よりもそれが溢れていたから忘れられないんだよ。」
5年間、音信不通だったけど、こうしてまた繋がった。収穫の旅でした。
5年間、音信不通だったけど、こうしてまた繋がった。収穫の旅でした。
No comments:
Post a Comment