「母と桜を観に行った時に、”あんたと桜をあと何回観れるのかな”
というようなことをつぶやかれたときに、
自分の家族が「死」や「生きる」ということを深く考えているんだなと。
悲しみのような光のような感情を目の当たりにしたときに、
「自分はこの人から生まれたんだな」って感じて、
それで僕が音楽を作るのであれば命の歌を歌おうと思ったんです。」
(堂本剛)
桜の散った今、私も同じことを思う。音楽は作れないけれど。
なのに、現実はキモチとは裏腹に動いていて、
変える勇気と変わらない勇気、
そのどちらもが出せず、春の嵐のように渦を巻いている。
2012/04/21
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